ベルリンからの便り

 家族ぐるみで交流しているドイツ人のカップルがいる。22年前に来日された時、頼まれてホームステイを引き受けたご縁である。

 女性の名前はヒルデ。17年前の阪神大震災のときは、その5ヶ月後に我々日本の友人たちを心配して、ドイツから二人とも飛んで来てくれた。昨年の大震災の直後は、「大丈夫?東北に親戚はいませんか?」と電話をくれた。

 最近Eメールをやり取りする時間的余裕ができ、彼女のtの横棒を省略する癖のある筆跡と格闘する手間が省け、以前よりしばしば交流できるようになった。

 今年、フクシマの詩人若松丈太郎作でアーサー・ビナードの英訳と対訳になっている詩集「ひとのあかし」を彼女とその友人たちに数冊贈った。「ひとのあかし」については、すでに本ブログで紹介させていただいている。今回彼女の感想を読んで、詩の中身の素晴らしさは言うまでもないが、対訳になっているという企画がどれだけ凄いことか理解できた。以下本当に拙い訳で申し訳ないのだが、ベルリンからの便りを紹介させていただく。 

 

 親愛なる曜子

あなたとご家族、とりわけ生まれたての一番若い羽衣(神秘的できれいな名前ね)はいかがお過ごしですか?

 今日は、あの若松氏とビナード氏の本について、感じたことをことばにしてみたいと思います。

 第一印象は、「とにかく素晴らしい!」です。まず本を手に取り、くり返しページを繰り、写真を見ます。そこで立ち止まり、そしてそれから目が本の上を歩き回ると、きっとそこからいくつかの記憶が浮かび上がってくるでしょう。時には一度にヒントが得られます。写真が、(大震災の)惨事や被害を指し示しています。一方でなんでもない普通の生活を写しているようにもみえます。でもあなたは、何の詩であるか知っているので、隠されたメッセージを捜そうとします。

 そして、英語だけでなく対訳になっています。わたしはそのことがとても気に入っています。なぜなら私は漢字やひらがなやカタカナをいつも見て味わっているからです。わたしは、それを読むことはできなくても見覚えのある文字を見つけようとします。日本語ページと英文ページ、詩の見え方や構成を比較して、何が同じに見えどこが違うか。・・・・・そしてきっとそこに何かが隠されているのではないか?!?!と。

 アーサー・ビナードの解説は、背景と若松氏の詩の驚くべき感覚を照らしだしています。少なくとも、ここに出版された詩についてはそう言えます。私は、若松氏はもっとたくさんの詩を書いていると思います。そして序論を読むと、ビナード氏が若松氏に深い心のつながりを感じているということが分かります。それが、この本をもっと深く読み取ろうと分け入っていく素晴らしくて感動的な出発点でした。

 質問:彼は詩の小道を導いていく預言者ですか?人はその後に起きたことが、なんとはっきりと詩の中に表現されているかと、本当に慄然とします。

 そしてそこでまたひっかかります。誰もが原子力の危険について知ることができましたし、今もできます。科学者や医療関係者は、放射能の調査をいっぱいしました。思想家たちは責務と損害にあう危険性について書きました。原発近隣住民たちは、自然の変化や子どもたちの病気について語りました。そう、疑問が湧き上がるのです。なのに原子力エネルギーを今すぐ止められないのはどんな魔力が働いているのでしょう?それは単にお金ですか?威信ですか?我々民衆があまりに怠惰で一貫性がなく、とにかく毎日の暮らしのなかで危険性を無視しているのですか?

 何が若松氏の詩をこんなに感動的でユニークにしているのでしょうか?・・。私の見解では、彼は普通の環境や,我々がしばしば十分気付くことができない事物や出来事や瞬間から、いくつかの小さなしるしを見つけ出しています。そしてそこから我々の認識をあの胸を打つ課題に導くのだと思います。「何が我々を造っているか?(ひとのあかし)」

 

 そしてだからこそ、考えを公にしてみんなと分けあってくれた若松氏と、その詩を翻訳してみんなのものにしてくれたビナード氏に心から感謝します。

 曜子有難う。愛をこめて

 ヒルデ

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    kyoko (土曜日, 28 4月 2012 13:22)

    学校英語も120%忘れてしまっている私には英語で感動できる世界は想像つきません。生活に英語が溶け込んでいるあなたはどのような努力をされてきたのでしょうね。素敵な内容とずれたコメントでごめんなさい。

  • #2

    望月 (土曜日, 28 4月 2012 19:24)

    いえいえ、全くのかいかぶりです。この英文手紙の日本語訳も、かなりてこずって3回目くらいでようやくこのあたりにゼイゼイ言いながら辿りつきました。残念なことに、生活に英語が溶け込んでいたりしていません。是非若松丈太郎さんの詩集「ひとのあかし」読んでみてください。アーサー・ビナード氏は、日本語で詩を書いて中原中也賞を取った人ですから、日本語の裏も表も理解できていて、彼の英訳と両方一緒に読むととても勉強になりました。
     明後日4月30日(月)13時より京都の岩倉 論楽社で、アーサー・ビナード氏を囲む講座があります。ずっと前からそれを楽しみにしていて、ヒルデさんにも「彼にメッセージを渡したいから、もっと詳しく感想を書いてください。」と依頼し、こんなに長い手紙を頂いたという次第です。
     尚、インターネットで「論楽社ホットニュース」を検索されますと、この講座について詳しくご覧になれると思います。