朝凪のとき

 その日は父の祥月命日の法事が予定されているので、創作中の詩稿に手を加えた後、早朝水遣りのためにベランダに出た。

 湾を巡る道には、時おり犬を連れて散歩する人が通る。暗くもなく明るくもない時間帯をなんと呼ぶのだろう。朝日はまだ湾を縁取る高層マンションのガラス窓を照らしていない。

 いつも通りトレニアなどの花殻を摘みながら耳を澄ます。そこに潮騒が聴こえて来るはずであったが、響いて来ない。手を止めてもう一度耳を澄ましたが、やはり湾は静まり返っている。目を上げると、入江はまるで湖面のように波が寄せていなかった。一瞬その波の立たない静かな海面に驚いたが、ようやく朝凪ということばが浮かんだ。正確に調べていないが、たぶんこれが朝凪の時なのだろう。夜間陸から海へ吹いていた陸風と、日が昇り海が暖められて海風が吹くまでの<風の勤務交替>のとき。風が吹かないときも、昇りたての太陽が、海水を温めている準備期間だと思うと、なんだか楽しくなった。無風ではなく<準備中>。もしかしたら「無い」と思いこんでいるものすべて視覚化されていないだけ。私の気づきの範疇に入っていないだけなのかもしれない。