《 近況報告 》

  ブログでのご無沙汰お許しください。しばらく創作の方に集中していましただけで、体調はどんどん快方に向かっていますので、どうぞご安心下さい。一時かなり辛く思えました施術部の痛みも、日を追う毎に軽くなっております。「重い物を持たない。」「立ち仕事をしない。」というドクターKのご指導を極力守りながらも、二足歩行の生き物ですから立たないと生活は立ち行きません。ただ、一番好きな仕事が「物を書く」という座り仕事であることは、大変有難く思われました。今は遠出を控え、任されている仕事のみ集中してさせて頂いています。

 ベッドに縛られていた時と比べますことで、以前に増して当たり前の日常生活が送れます有難さを痛感致します。

 又、もっともっと大変な病を抱えておられます人生の先輩が、明るく元気に、自然の営みや身近な人々を愛して生きておられるお姿にも、大きな励ましを頂きました。

 

 家族・親族は勿論、ご縁ある皆様方より、温かいお言葉やお心こもりますお見舞いを頂きましたこと、心より御礼申し上げます。有難うございました。

 「どんなに病を得ましても、気持ちさえ強く保つことができたら、生き物には自然治癒力があるので、必ず快方に向かう!!」という信念のようなものが、今こんこんと湧いています。

 科学的には立証できないことかもしれませんが、実際に私のからだはその方向を向いております事だけは、実感できます。

 これからも、皆様にお教え頂きながら精進して参りたいと思います。当たり前の日常が、どれだけ有難い事であるかも痛感致しました。

 今まで同様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

《ようやく日常を取り戻しました》

 皆様、ご無沙汰しています。5月8日に無事退院しまして、今は自宅で療養中です。療養と云いましても、昼間一人の時は随筆や詩の創作に集中し、夕方は丸椅子に座って夕飯を作っています。未だに痛みがぶり返す等、不安定な状態は残っていますが、病院での一週間と比べて、当たり前の日常生活がなんと素晴らしく想えることでしょう。

 今日、退院後初めてのウォーキングをしました。6月23日の《マルイ前アクション》に向けて、プログラム作りをしたり、足腰を動かしたり、普段していたことを徐々に回復していっております。

 この間、素敵なお花等のお見舞い等を下さった皆様、お心遣い本当に有難うございました。

 弱っている時は、一層花の存在の有難さを感じるように思います。花は黙って傍に居てくれる、とても有難い存在という事も、改めて感じました。

 無理のないペースで、徐々に回復いたします。これからもどうぞ宜しくお願い致します。

  

 

《吟遊詩人社6月の予定》

6月2日(日)郷地秀夫氏講演会

       14:00~ 神戸市勤労会館にて

 

6月23日(日)マルイ前アクション

       15:00集合・準備

       16:00~18:00

       (6~8月は、夏の一番暑い時間帯から始めるのを避けています。)

 6月のマルイ前アクションの参加者エントリーを募ります。どうぞご準備くださいませ。

                                   (2019.5.24)

《スペース おふくろ》縮小します!

 いつまでも布団を敷いたままにしていますと、気持ちの切り替えができませんので、今日は思い切って〈床上げ〉をしました。

 入院や手術に至る症状が始まったのは大晦日の夜のことです。おせち料理を作り終えて、テレビには未だ除夜の鐘は流れていなかった時間帯、連れ合いが救急車の手配をしてくれていたことをぼんやり想い出します。大晦日にサイレンを鳴らすことはさすがに憚られ、救急車は「サイレンなしの特注」でお願いしました。

 今年の大晦日まで、前年の失敗をくりかえさないよう手抜きに徹し、のんびり過ごさせて頂こうと内心想っております。  

 

 長男が、私の煮しめやお雑煮に入っている鶏肉の甘辛煮が大好きで、「今年もあれ作ってよ。」などと言って喜ばせてくれるものですから、今までついつい張り切ってしまっていましたが、これからは体の状態などと相談しながら、少しずつ「スペースおふくろ」を縮小しなければならないことを感じています。

 母から受け継いだ味なので、「レシピにして残しておこうか。」など、若干未練がましく想ったりしながら。                                                                                     (2019.5.18)                                                                                                                                           

《 最強の野菜スープ 》

 皆様、ご心配をおかけしました。先週無事退院致しました。痛みも取れ、今日から普通の生活をしています。

 昨夜は連れ合いが『健康道場』で習ってきた〈最強の野菜スープ〉を作ってくれました。キャベツ・カボチャ・トマト・ジャガイモ・人参・ピーマン・セロリ・ごぼうを全てひと口大に切り、水を入れて煮るだけの簡単な料理ですが、台所から良い匂いが漂い、久しぶりに食欲がそそられました。

 お野菜は、生で食べた方が新鮮というイメージを今までもっていましたが、野菜スープは抗酸化力がサラダの100倍あり、癌の予防にもなるとのこと。

 お陰様で元気になりましたので、これからはこの野菜スープを、私も日常的にせっせと作ろうと思います。                            (2019. 5.15)

《 家族の文化遺産 》

  お陰様で私の手術は無事終わり、一昨日ようやく慣れた自分の布団で眠ることができました。手術された場所は、二人の息子たちの《人生最初の揺りかご》であった子宮です。無事修復して頂きました。まだ痛みは残りますが、それも日々薄れていくことでしょう。

 

 ドクターKに出会うまでは、私に災いをもたらす子宮という臓器に、あまり優しい感情がもてないでいました。しかし《悪いものは切る》という手術ではなく、そこにネットを詰めて下垂しないように整える手術であることを伺い、だんだん私の想いは変化していったと思います。

 そして入院中の個室に、二人の息子とその連れ合い、3人の孫娘たち総勢7人が見舞いに来て、一同が窓からの光を受けて同時に微笑んでいた時、「手術を受けようとしているこの子宮が二人の息子を護り育んでくれたお陰で、今この7人が存在しているのだ!!」と、当たり前のことながら、改めて有難く感じました。

 若い世代の人達は、私たちにはない強いエネルギーを発している様に思います。自分のエネルギーが弱っている時だからよけい、他から受けているエネルギーに対して敏感に反応したのかもしれません。

 

 息子たちの命を育んだ小さな宮殿は、私のファミリーヒストリーにとっては大切な文化遺産です。その文化遺産を、最新技術を駆使して修復工事を施し保存して頂いた有難さが、後から満潮のように寄せて来ました。                    (2019・5・10 )

《 手術のBGM 》

  驚いた事に、5月2日の手術の概要に「もしご希望でしたら、手術中お好きな曲を手術室で流し続けることが出来ます。」と書かれていました。

 《 医療と音楽のコラボレーション 》が、今研究され始めているのでしょうか?初めて聞いた試みです。

 早速、今まで拙詩とのコラボに使ったグレングールドというピアニストのバッハの《ゴルドベルグ変奏曲》やビバルディの《二つのバイオリンの為の協奏曲イ短調》のダビング盤をバックに入れました。

 これですっかり入院や手術というものが日常生活の延長どころか、愉しみな遠足に出かける気分になり、実施前から《医療と音楽のコラボレーション》の効果を感じさせて頂きました。

《 吟遊詩人社 5月の予定 》

 吟遊詩人社5月の予定は、申し訳ないですが今の段階では私にも正確に分かりません。分かっていますことは、5月早々に入院手術ということと、悪性の病気ではないとのこと。信頼できる、今までその手術で失敗された事がないと云っておられる主治医にお任せするという事です。

 

 入院後10日くらいで無事退院でき、その後も経過が良ければ、5月26日(日)に2時から予定しています〈マルイ前アクション〉に参加させて頂きたいと思っています。 

 もし当日参加は無理だったとしても、出演者の根回しと、プログラム作りは可能です。

 

 手術には何の心配もないのですが、左手クスリ指にはめた結婚指輪を「エコー検査をするので入院までにはずしておいてください。」と言われ、色々試してみましたが取れませんでした。 加齢と共に指が太くなり、指輪がかなりくい込んでしまっています。「最悪の場合は、消防署で器械を使って指輪を切ってもらうしかないらしい。」と、ネットで検索した連れ合いに云われ、少々蒼ざめていました。

 ところが今、直接病院に問い合わせますと、なんと「ゴム手袋をしてもらってレントゲン撮るから大丈夫ですよ。」とのこと。「ゴム手袋をはめる」という素朴な解決方法にホッとすると同時に、ネット情報と現場の常識とはかなりかけ離れていることを、改めて思い知らされました。  

       

《すみれの花の便り》

 毎年この季節になると、可憐なスミレの花が封筒に小さなジッパーつきのナイロン袋に入って届きます。特別支援学級の担任をさせて頂いた当時に出会ったお子さんのお母さんのAさんからです。仕事を離れました今は、私を励まし元気づけてくださる人生の大先輩です。

 届いたスミレは、カクテルグラスに挿し、ダイニングのカウンターに飾らせて頂きました。スミレは、姿の可憐さと色合いの艶やかさがなんとも魅力的で、目をやる度に慰められています。

 そのお母さんは、お連れ合いと新聞販売店をされていて、ご自身も早朝と夕方の配達をこなしておられます。その前向きなお姿と、お仕事をされながらも足元の草花への細やかな気配をされるお姿に、いつも教えられ、温かいエネルギーを頂戴しています。

 

 子供の時母が歌ってくれていた童謡を、今日ふと想い出しました。

 

♬ 紫の 着物きているお花さん あなたのお名前なあに

 はいはい わたしは スミレよ 野のスミレ~♪ ♬

 

 これを母と歌っていた頃が、わたしの人生の始まりの時、〈創成期〉です。今思えば悩みのない最も幸せな時だったかもしれないと、スミレの花のお陰で思い起こすことができました。

 母は花が好きで、春はスミレやタンポポ等の野の草花や土筆を喜び、夏には向日葵、ダリア、オシロイバナ。秋にはコスモスやケイトウ等を庭一杯に咲かせていました。

 又季節毎に、一緒に童謡を歌ってくれていた母だったことを思い出し、桜の花が散る頃に逝った母への想いが突然込み上げました。   

                             

 

 

 

《マルイ前のお客様》

 仕事をしていました時の38年間で、特別忘れられない2人のお子さんと、そのお母さん方がおられます。

 先日のマルイ前アクション当日、私が40代の時に受け持っていましたお子さんだったトウヤさん(仮名)とそのお母さんのBさんが、マルイ前にひょっこり来て下さり、ずっと観覧席で応援してくださいました。そしてBさんは、最後に「これコツコツ貯めたお金です。どうぞ役立ててください。」と、ずっしり重いカンパをくださいました。お釣りを貰われる度に、お釣り貯金をされていたとのことで、Bさんのお気持ちがその重さになって伝わり今も残っています。

 

 小さくて可愛かったトウヤさんも、すっかり大人の顔になっておられ、長時間お母さんの傍に落ち着いて静かに座って下さっていました。お母さんのBさんは、お声も姿も当時の印象と変わっておられず、優しい笑顔も当時のまま。私も《あの頃》に戻らせて頂いたような嬉しい錯覚を覚えました。 

 今私は、尼崎で勤めていた時とは全く畑違いの詩の朗読と《さよなら原発》の活動をしておりすが、「若くて未熟でありました私に、今も変わらず温かく応援して下さっていますお母さん方が居て下さることは、なんとも有難く勿体ない事!」と、しみじみ噛みしめさせて頂きました。

 

 当時、受け持ちの子ども達のお母さん方とは、連絡帳を通じて家庭と学校での日々のお子さんの様子を伝えあう事を日課にしていました。そこは、持ち物などを文字通り「連絡」するだけの場ではなく、感じたこと思った事をその日のうちに伝えあう〈交換日記〉のようなものだったかもしれません。

 私の場合、休憩時間の合間に書く連絡帳でしたが、拙ブログで書かせて頂きましたお母さん方が、毎日書いて下さる連絡帳の中味が 深く豊かであっただけに、私はそこから光や熱をたっぷり頂戴し、その《再生可能エネルギー》で、当時は仕事をさせて頂いていたのだと、今改めて振り返って感謝しています。 

 

《 生きるための仕事 》

  ある友人から、「何度も貴女のブログを開いてみるのだけれど、ずっと更新されてないので、体調がだいぶ悪いのですか?」と心配のメールが届きました。決して寝込んでいる訳ではないのですが、エネルギーに溢れていると云えば嘘になるかもしれません。日々の食事の用意や、その為の買い物、次の日曜日に予定されているマルイ前アクションで初披露します拙詩『人間の箍(たが)』の朗読練習などの、必要最低限の「生きるための仕事」が出来ています事に、今は感謝しなければならないと思っています。

  この『人間の箍』は、今年の3月に福島から神戸にお招きして講演をして頂きました武藤類子さんのお話がずっと心に残っていまして、それを核にしてできた詩です。

 ラフマニノフのチェロソナタ ト短調 作品19 第三楽章が、この拙詩『人間の箍』をのせる器になっています。本番まで明日明後日の2日しかありませんが、ようやく練習に乗ってきたところです。

 

《吟遊詩人社 4月の予定》

 夙川の桜が、昨日の陽気で一斉に開花しました。夙川の川岸には、ぼちぼち花見客も増え始めています。冬の間は、桜の幹に目をやることもなく通り過ぎていましたが、今桜の幹にも枝にも艶が出て、輝いているように感じます。

 これはきっと、気のせいではないはずです。20年も前のことですが、たしか染色家の志村ふくみさんが、樹液も桜色をしていて、桜の枝を使って美しい色に布を染めておられると仰っていたように思います。桜色の樹液が、桜木を巡っていることを想像すると、なんだか嬉しくなります。 

 4月は、今のところマルイ前アクションでの詩の出演に絞って、新作の朗読練習に励みたいと思っています。

  4月21日(日)マルイ前アクション 14:00~16:00  

 誕生したばかりの拙作『人間の箍(たが)』を朗読する予定です。

  

《 原発事故で生じた汚染土を道路や園芸用の土として全国で再利用!? 》

  最近「とうとうこの国は、そこまで愚かな政策を考えなければならない処まで追いつめられているのか?!」と、驚きと同時に情けなく感じたニュースがありました。

 原発事故で汚染された土を、政府は道路や園芸用の土として全国で再利用する計画を立てているというのです。一瞬耳を疑うようなニュースでした。

 「痛み分け」という言葉をよく耳にしますが、放射能を帯びた土を持ち出したり、全国に拡散することは、法律で固く禁じられていることではないかと思います。簡単に汚染土の痛み分け等が、できるはずがないと思うのです。しかし政府自らが法を犯さなければどうにもならないほど、この8年の歳月で福島原発事故で生じた汚染土は、溜り続けているのでしょう。

 政府が捨てようとしているのは、単に法律という決まり事だけでななく、人間が人間で在り続ける為の骨組み、「人間の箍(たが)」ではないのかと感じました。

 政府の取るべき道は一つです。第二の原発事故を出し、これ以上原発事故の被害者や放射能汚染地域を拡大する前に、核廃棄物というリスクを背負う原発を、「ベースロード電源」に据え続けてきた誤りを認め、多くのヨーロッパ諸国のように、風力や太陽光エネルギーなどの自然エネルギーに転換するのです。

 失敗をしてそれを胡麻化すのは幼児期の子どもならまだしも、大人それも一国の政府のすることではないはずです。

  

《 3・11 神戸からの祈り 》

  今年も3月11日が巡ってきました。私たちは、毎年この日の夕方、三宮のマルイ前広場に集い、『3・11神戸からの祈り』という会を催しています。黄昏時にキャンドル点灯が始まります。それぞれが持ち寄り、大きく「3・11」の形に並べたキャンドルに、一斉に灯が点ります。

 

 私は今年も拙詩『祈り』を、コラボ相手のバッハの無伴奏チェロ組曲第五番 ハ短調に合わせて朗読させて頂きました。詩の中で毎年変化する部分があります。死者・行方不明者・避難者の数を述べるところです。

 今年は、「死者15897人、行方不明者2533人、避難者52731人。」という数を調べて覚え、声にしました。避難者の数は、4年前の267419人から激減しています。そして行方不明者の数が減り、その分死者の数が増えています。これらの数には、お一人お一人の人生があり家族があると思うと、数字にも命が宿っている様に思え、疎かにできません。まるで受験生のように、空で言えるまで必死で数を覚えました。

 

 このブログを綴っている今、ドンという音と揺れを感じました。テレビをつけるとやはり地震があったようです。

 この地震大国で、しかも大きな地震や津波に襲われるとどうなるのか、改めて痛感させられている日本で、未だに「原発を主要なベースロード電源とする」と云い続ける政府が居座っていることに、怒りや口惜しさを覚えます。

 

 樋口英明元福井地裁裁判長の、関西電力の原発再稼働に関する判決文に、

「豊かな国土と そこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、それが出来なくなることが、国府の喪失であると当裁判所は考えている。」という有名な一文があります。

 

 今の政府が大切にしようとしている「国富」は、少々国民を原発事故で犠牲にしてでも得たい、ごく一部の人たちの財産であり、それを「国富」と呼ぶのにはかなり無理があると言わざるを得ません。

 

 来年の3月11日は、今より少しでも私たちを取り巻く環境が良くなっている事を、強く祈ります。

 

 

《吟遊詩人社3月の予定》

3月3日(日) 武藤類子さん講演会《福島原発事故から8年》

        神戸市勤労会館 403&404号室 13:30~16:00

 

3月11日(月) 《 3.11神戸からの祈り 》

         夕方、三宮マルイ前に集合しキャンドルを点し

         3.11の犠牲者への追悼の集いを行います。

         詳しくは、追ってお知らせしますので、ご予定ください。

 

        

《 詩誌『兆』との 有難いご縁 》

  ずっと一人で《詩と音楽のコラボレーション》の試行錯誤をして参りました私にとり、思いがけなく光栄で有難いことが、最近ありました。今年から『兆』という詩誌に参加させて頂くことになったのす。

 今までは短歌結社『未来』に所属していました時の近藤芳美門下の大先輩、間鍋三輪子さんが主催されます『縄葛』(つなね)という詩歌誌に拙詩の投稿をさせて頂いていました。         

 私以外の投稿者は皆、間鍋三輪子さんの短歌のお弟子さんです。不思議と詩誌との繋がりはずっとありませんでした。 

 「詩と音楽のコラボレーション」という独自の試みを、20年ばかりしておりますので、「どうしても詩誌に所属したい」という気持ちが、心の底から湧いてこなかったのかもしれません。

 

 『兆』は、私が朝日歌壇に初めて投稿します時に、自分で作ったペンネームの由来であります石川逸子さんが所属されています詩誌です。

 私が逸子を名乗ることなど、本当はとても畏れ多いことなのですが、朝日歌壇に採用されることはごく稀であり、もともと「無名者の歌」というコンセプトを大切にする朝日歌壇投稿の場であったが為に、できたことではなかったかと思います。

 35年ほど前に望月逸子のペンネームで朝日歌壇に投稿していました時、私の拙い短歌作品を採用して下さる選者が、ほとんど短歌結社『未来』主宰の近藤芳美氏で、そこから私の詩歌の道の入り口が開かれました。

 

 しかし、2011年3・11から、私を囲む世界も、そこで生きる私自身も変わりました。それまで当たり前に思って立っていました足元が、どれだけ危うい地盤の上であったのか、遅まきながら思い知らされた訳ですから、変わらないわけにはいかなかったのです。

 「原発に反対しておられる詩人の先輩たちと会いたい!!」と、心からその時思いました。

 

 人見知りが強く、お世辞にも行動的とは言い難い私でしたが、広島の原爆資料館で原発に反対する会があるという情報を得ますと、すぐさま新幹線に飛び乗り、広島まで一人で出かけて行きました。      

 

 そこでアーサー・ビナード氏や、御庄博美氏という広島の地で原発と真っ向から戦っておられる詩人たちと出会わせて頂きました。

 石川逸子さんは、その御庄博美さんとの共著で2004年には『ぼくは小さな灰になって』2012年には『哀悼と怒り 桜の国の悲しみ』という詩集を上梓されています。

 御庄さんと出会った直後に初めて石川逸子さんにお便りさせて頂きました。きっと逸子というお名前を、勝手に使わせて頂いているお詫びも、その時したのではないかと思います。

 石川さんは、不躾な突然の私からの便りをとても温かく迎えて下さり、それから私にとりましては一生の財産とも云えます石川逸子さんとの有難いご縁が生まれました。

 石川逸子さんは、上記の御詩集以外にも『たった一度の物語~アジア・太平洋戦争幻視片』という詩集や、『風のたより』という個人誌、所属されています詩誌『兆』をその後ずっとお送り下っさっています。

 

 『兆』の先輩方は、皆さん第一線で詩の講座の講師をされるなどご活躍されています素晴らしい先達です。

 私にとり、大変遅い出発ではありますが、これからは素晴らしい先輩方から学ばせて頂きながら、全力で詩の創作を続けて参りたいと思います。

 

 勿論、私が〈吟遊詩人〉であることは一度も忘れることはありません。創作中に音楽を流し、その曲にのせて朗読しながら推敲しており、今も私の詩には、もれなくコラボの相手の楽曲が底に流れています。

 

 詩誌『兆』の一年生、望月逸子。遅いスタートではありますが、気持ちは新入生です。どうぞよろしくお願い申し上げます。 

 

《ファミリーヒストリーの中の太平洋戦争》

 前回私の身体的な事情をお話ししてしまいましたが、私の主治医はとっても人気の先生のようで、なんと5月まで手術のスケジュールが詰まっているらしいのです。それで、私の体の中で下垂し、他の臓器の邪魔をしている問題部分への手術は、5月に延期されてしまいました。早くすっきりしたかったので手術の延期は拍子抜けしましたが、お陰で良かった事もあります。

 

 今、毎日早朝から詩を書くことに集中しています。冬眠を迎えるリスが巣穴に木の実をため込むように、拙作品を次々に貯蔵しています。締め切りギリギリに仕上げた作品より、貯蔵することで詩が発酵し、もっと良い味になってくれることを期待したりしながら。こういう時期が途中で中断させられるより、少しでも長く続いた方が、本当は有難いのです。

 

 作品に共通するテーマは『ファミリーヒストリーの中の太平洋戦争』です。きっかけは、終戦の年に生まれ、肺炎をこじらせてたった5か月しか生きられなかった姉の倭文子(しずこ)のことを詩にした『米の磨ぎ汁』です。

 それは子供のわたしが、当時母から聴いたことを手繰り寄せながら書いた作品でした。

 続いて『伯父の背中』では、高校生くらいのわたしの眼からみた、かつて日本軍兵士として中国大陸に行った伯父のことを書きました。

 

 そして今、ようやく父に辿りついたところです。父が逝ってしまった時、私は乳呑み児を抱えていました。

 「今ならゆっくり父に熱燗のお酒を勧めたりしながら、大人同士の話ができるのに。」と、残念ではありますが、詩というタイムマシンで、父とかなり突っ込んだ話ができ、フ~と一息ついたところです。

 

 娘や姪にあたる私が詩を創作する現場に、亡くなった縁者たちが界を跨いで応援に来てくれていると思い、彼らに敬意をもって創作中です。

 

《  吟遊詩人社2月の予定 》

 実は、今この場所に《2月の予定》が書けません。大晦日の夜、私の身体的な問題が突然表面化し、芦屋の市民病院に駆け込むという自分でも驚くような事態が起きました。幸いすぐに小康状態を得まして、食欲もあり今は普通に日常生活を送っております。              

 明日診察を受け今後の見通しが分かると思います。                       

 息子たちがお腹に居たころの揺籃、現在完全に不要になった部分が下垂し、他の臓器を邪魔していたようです。幸い信頼できる医師とやっと出会うことができ、不安は一切なく、希望をもって毎日を過ごしています。痛みはないのですから、盲腸より軽い問題だと思っています。

 あれが大晦日やお正月でなかったら、わざわざ他市の病院に行くことなく信頼できる先生と出会う事もなかったわけで、起きたことは非日常でも「不幸中の幸い」に感謝している今です。   

 

 スマートフォンを持っていませんので、もしかしたらしばらく音信不通状態になるかもしれませんが、「便りのないのは良い知らせ」と思って待っていてください。雛祭りのころ、ここに帰って来て元気なメッセージをお送りしたいと思っています。

 

 思いがけない一年のスタートでしたが、定年退職をしました2011年から思いがけない事の連続でした。その中にたくさんの宝物を見つけ学ばせて頂きました。これからも、そういうスタンスで、出会う事、起きることと一緒に歩んでいきたいと思います。      

 寒さ厳しい毎日ですが、どうぞご自愛くださいませ。

《 大根掘り 》

  皆さま、今年も良い一年のスタートを切られましたでしょうか?

私の1月の活動は、毎年20年以上前の職場の大先輩A氏の畑から大根を抜かせて頂き、それを福島県在住の知り合いにお届けすることからスタートします。

 A氏は今年も、私の脚など比べ物にならないくらい立派な大根を、いっぱい抜かずに残してくださっていました。小雨模様の天候でしたが、勧められるままなんと厚かましく30本も抜かせて頂きました。

 帰ってベランダで1本ずつ乾いたタオルで泥を落とし、新聞紙で包んで箱に梱包します。スーパーで購入した大根には愛着は湧きませんが、この作業の間は大根がとても愛おしく感じていました。福島県いわき市でママの会を組織しておられる方の所と、残りは、毎年佐渡で福島の子供たちの保養キャンプを組織されている方の所へ送らせて頂きました。          

 早速翌日、届いた大根を手に素敵なお母さんたちの笑顔が並んでいる写真を送って頂き、今年の1月のビッグイベントは、無事終わりました。 

 60代の私と、70代の連れ合い、80代の先輩3人のトリオですが、来年もなんとかこの作業が続けられますよう、足腰鍛えておきたいと思います。                           

《2019年 吟遊詩人社1月の予定 》

 新年明けましておめでとうございます。旧年中は、このブログを読んでいただき、カンパを頂くなど、物心両面で支えて頂きました事、御礼申し上げます。今年一年、皆様に新たな恵がもたらされますことを、お祈り申し上げます。

 お陰様で夫婦二人だけの小さな私の家族、どちらが欠けることもなく、無事年を越せましたことを感謝しています。これからは、だんだん「五臓六腑どこにも問題ない!」とは言えなくなってくるかと思いますが、思ったことを言葉に綴り表現するという好きな事を続けることができましたら何より有難いです。

 子や孫たちのまだ始まったばかりの人生が、戦争や核に纏わる様々な脅威に晒されることなく送れますことを大きな目標にすえながら、今年も好きな曲とコラボさせて拙い詩を書き、その曲にのせて自作の朗読するという独自の活動を続けて参りたいと思います。

 

              《 1月のスケジュール 》 

1月13日(日) マルイ前アクション 14:00~16:00

         三宮マルイ前にて

         前半で、拙詩『あべこべの国』を朗読します。

 

1月17日(木)~22日(火)

         ポエム&アートコレクション(入場無料)

         神戸文学館(神戸市灘区王子町3-1-2*王子動物園 西隣)

         8にち

   *上記展覧会《ポエム&アートコレクション》で、私は昨年同様書家

    山下妙子氏とのコラボレーション『花のドミノ』を出展致します。

     拙詩『花のドミノ』の一節を、今年も山下妙子氏にお願いしまして

    書いて頂きました。ジャンルの違う芸術家とのコラボレーションから、

    毎年新たな刺激を頂いています。(18日、21日は当番で会場に居る予定です。)

 

 

 

 

                                    

           

     

                                           

《 愛語 》

 父は道元禅氏師の『愛語能く廻天の力あることを学すべきなり』という正法眼蔵の言葉を座右の銘にしていたようです。「心のこもった言葉は天を動かす力がある」ということだと、何も分からぬ少女の私に折に触れ言っていましたが、不勉強な私は原典にあたることもしないまま年を経てしまいました。

 しかし、簡潔で機能的な言葉を書くことが苦手な私ではありますが、「廻天の力を持つ」言葉の存在に支えられ、それを媒介にしながら人とつながり生かされてきましたことを折に触れ感じています。

 

 この『吟遊詩人社ブログ』を訪れて下さる方は、本当に限られた方ではないかと推察します。しかもこの一年は特に定期的に発信することができなかった一年であったことを反省しています。

 色々あった一年ではありますが、言葉で語りかけることができます幸に感謝し、来年はもう少しきちんと投稿させて頂きたいと気持ちを新たにしておりますので、これからもどうぞ『吟遊詩人社』の部屋をお訪ねください。