《 吟遊詩人社 7月の予定 》

7月2日(日)16:00~18:00 マルイ前アクション 

  拙詩『四分音符の鳥』を、ヴィヴァルディ『二つのヴァイオリンの為の協奏曲』ニ短調

           にのせて朗読します。

 

 たくさんの禁じ手や反則を駆使した安倍政権により、憲法違反の『共謀罪』が悪夢のように強行採決されてしまいました。

 私は、子や孫が将来爆撃や核の被害に遭うことなく、原発事故の心配もない安心して暮らせる未来を遺したいと願っている一人です。心で思うこと、願うことは自由です。私たちの権利です。戦後の私たち一人一人に保障され、今も日本国憲法で守られている権利を保持し、これからも憶することなく詩という形に残し、それを音楽とぴったりあうようコラボさせて朗読していきたいと願っています。

 違憲の『共謀罪』に委縮しないで、堂々と憲法21条で保障されています「集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由」をこれからも大切に守り育てていきたいです。

 

 

7月9日(日)14:00~16:30

「飯館村の母ちゃんたち 土とともに」in あまがさき 

    上映会と福島原発事故避難者のトーク

     武庫之荘 トレピエにて  

   (上映協力金500円・高校生300円・中学生以下&介助者無料)

 主催〈みんなに見てほしい映画を自主上映する会 尼崎〉

 

 *福島の子どもたちの保養キャンプに無農薬の野菜をお送りするための資金のために、

 この日 昨年秋に創りました拙朗読CD『しるし』をここで販売させて頂きます。

  拙詩を、音楽とコラボさせて朗読しています。

 

7月11日(火)10:00~18:00 夢いっぱい工房 バザー

      杭瀬中市場内 店舗

         特別支援学級の担任をさせて頂いていましたときに、ご縁がありましたお子さん達の多

  くが、養護学校高等部卒業後、この杭瀬福成園でクッキー作りや、さ織り、染物等の作業を

  されています。

   さ織りのポーチは、とても丈夫で美しく、私の必需品の電子辞書を大切に護っています。 

  ここのクッキーは、最高に美味しくて、贈答品に使われたりもしています。

  11日(火)・12日(水)・14日(金)の3日間です。私は11日が空いていますので

  11日午後にお邪魔します。毎年とっても楽しみにしています。

   お問い合わせ ☎06-6481-9797 杭瀬福成園 担当 東さん・花本さん         

    

  

『棘』

 ブーゲンビリアは、夏が終わるとマゼンタ色の花を落とし、秋が終わると葉を落とします。何もかも落とした冬のブーゲンビリアには棘の生えた枝が残りました。3月のことだったでしょうか。水をやっている時、その棘がポロリと落ちる瞬間に出会いました。近づいてよく見ると傍に細い新しい血の通っているような小豆色の棘が、乳歯が生え変わる時のようにちゃんと顔を出していました。「とげのある言葉」「とげとげしい態度」など、専ら良くないことを表現する時に登場していた棘が、命ある地上の生き物の一部であることを初めて感じました。

 

 養護施設の子等を招いた大学の奉仕キャンプの打ち上げで、連れ合いの長兄は、胴上げをされ川に投げ込まれ、心臓麻痺で一瞬にして20年の短い人生を終えました。最愛の息子を死に至らしめた4人のことを、義父母は「熱を出した体をおしてでも、そこに行かなければと長男が信頼していた大切な活動の仲間には違いない。」と裁判沙汰にすることはせず、彼らの将来を護りました。それが真っ直ぐで気立ての優しい長男の望む道だと知っていたからでしょう。

 

 事故を起こした4人の中には、死亡事故の責任を感じて自殺を図った人もいたようです。義兄の一周忌が過ぎ、義母は「繁(仮名)の分もちゃんと生きてよ。」と、「死ぬ前に一度食べたいな。」と長男が冗談めかして言っていて遂に食べさせることのできなかったビーフステーキを、事故を起こした4人に振舞ったそうです。

 頼りにしていた最愛の長男を突然喪った後、神経を病んで寝込み、家事もできなくなっていた義母であったと聴いていただけに、ビーフステーキにまつわるこの逸話は、ずっとわたしの心の蔵に仕舞っていました。「無理をしている感」がどうしても拭えなかったのです。

 

 長男の代わりに長男が亡くなる最後の瞬間まで信頼していた彼らに、無理をしてでも『長男のささやかな夢』を食べさせ、長男の分も生きてもらうことで、義母は心に刺さった棘を自分の手で抜こうとしたのかもしれないと、最近思うようになりました。

 義母が先に逝ってしまった長男と対話していたように、私も今亡き人たちと対話していたことに気づきました。すでに五感を通して感じることのできない、語ることもない人たちですが、色々な手掛かりを通して伝えようとしてくれています。 

 

 

 

 

《 吟遊詩人社6月の予定 》

 6月11日(日)《ばとこいあ神戸》 13:00~ 六甲学生青年センター

 

 6月の望月の主な詩の朗読イベントは、この《ばとこいあ神戸》だけです。プロ・アマ問わず表現者と自認する方や、仲間の演奏や朗読を聴きたい方は誰でも500円で参加できます。 

 

 私は今回シベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47第二楽章にのせた本邦初公開の拙詩『棘』を朗読させて頂きます。

 

 結婚して家族になった奄美群島の離島喜界島出身の義母や義兄にまつわるファミリーヒストリーを叙事詩のかたちにしました。

 キリスト教系大学で、宗教総部の奉仕キャンプのリーダーをしていた義兄が、夏のキャンプの打ち上げで仲間たちに胴上げをされて川に放り投げられ、心臓麻痺で短い人生を終えたこと。その死を悼み続け60代で兄の元に旅立った義母のことを描いた詩です。私が結婚する14年も前に起きた義兄の死に至る事故に関して、最初は完全に第三者の目で受けとめ、腑に落ちないことも誰に聴くでもなく沈黙していましたが、最近短かった義兄の人生の一端を書きたいと思い始めました。

 書きながら、その当時の義母の想いにも少しだけ近づけたように思います。そして界を隔てた人たちが、今も身近に私たち家族を温かく見守ってくれていることを実感し、背中が少し温かくなったように感じています。 

 

 6月29日(木)《風のたよりコンサート》 14:00~ 神戸風月堂ホール

  

 ~玉川侑香詩集「戦争を食らう」出版&「壷井繁治賞」受賞記念

   第二次世界大戦中、インドネシア・アンポンで軍属として木造船造りに従事した

   一人の男の物語~

                         

  

《 吟遊詩人社5月の予定 》

 

5月5日(金)マルイ前アクション 

  望月逸子『新緑の言の葉よそよげ』~エリック・サティ『ヴォクサシオン』にのせて朗読

     

 わたしたちは月に一度の日曜日、マルイ前広場でそれぞれの心の内を言の葉に変え、ギターを爪弾き、あるいは好きなクラシック音楽の器にのせて、街の人々に原発のない安全で平和な社会をめざして、原発の問題を伝えてきました。青信号を待つ間やバスを待つ間の束の間の出会いの人もいれば、椅子に座って聴いてくださり、署名をしたりカンパを下さる方々もおられます。

 どんな形にせよ、わたしたちが伝えた言の葉が何かの拍子で誰かの胸に落ちて芽吹く種になることを信じて、マルイ前アクションを続けています。そんな想いを詩にしました。

 安倍政権下、《共謀罪》の国会通過を手をこまねいて観ている訳にはいきません。 

 

5月7日(日)若狭に行く会 ~若狭の高浜町へ   

  関西電力はこの5月中に、高浜原発の再稼働を計画しています。政府と電力会社は、税収の少ない過疎の村に原発を次々に建てて原発政策を進めてきましたが、福島原発事故後は、立ち止まらなければならなかったのです。原発事故の原因究明もされないまま、原発再稼働ということは

納得いきません。若狭の原発が事故を起こせばたった2時間で放射能の雲は神戸にやってきます。途中、琵琶湖の水を汚染させながら。

 

5月21日(日)アーサー・ビナード講演会 神戸勤労会館 14:00~16:00

       「ことばのつむぎ方、ひもとき方」

  わたしは、アーサー・ビナード氏にアメリカのペンタゴンの原爆投下に至る話や、核兵器と原発との兄弟関係を教えて頂き、広島で開催されたアーサーさんが世話人をしておられる会で、原爆を投下された広島で医師として詩人として発信し続けて来られた御庄博美氏に偶然お会いすることができました。ある短歌結社の夏の大会で何年も前に講師としての御庄氏のお話を伺ったことがあり、お声をかけさせて頂きました。その御庄氏に頂いた『哀悼と怒り』は、敬愛するあまりペンネームまで勝手に頂戴してしまった石川逸子さんとの共著の詩文集です。そこから石川逸子さんご本人ともなんとも有り難いご縁ができました。

 2011年の福島原発事故で衝撃を受け、オロオロしながら暗中模索しています時に出会いました三人の素晴らしい詩の先達が発信されることは、私にとり言葉の羅針盤でありました。3.11以降、わたしはようやく混沌とした闇の中から、遅まきながら光の射す方向を見定め、つたない歩みを始めたように思います。

 この21日の講演会では、私はアーサーさんの絵本を販売するブースにいます。『知らなかったぼくらの戦争』(小学館)、『ドーム語り』(玉川大学出版)、『さがしています』(童心社)、『雨ニモマケズ』(今人社)の4冊を販売しています。神戸市勤労会館は、三ノ宮駅からすぐの所にあります。どうぞお越し下さい。

 

 

《 母の命日 》

 母は桜が散る頃に私たちの傍から父のいるところへ界を跨いだ。父を送ったとき、母はまだ五十代で、気丈に喪主を務めていたように思う。92歳の母を送った時は、仕事を抱えながら徹夜の看取りが続いた後で、私たち姉妹の疲れはピークに達していた。母親という心の支柱を喪い、姉も私も安定した精神状態であったとは云い難かった。

 通夜の葬儀場に、コンサートの本番を終えた長男が、倉敷からヴィオラをもって駆けつけたのは夜半過ぎてからであった。彼は祖母の祭壇の前で手を合わせた後、亡き母の為にタイタニック号が沈没するときに演奏されたという讃美歌『主よ身元に近づかん』を静かに奏で始めた。人の声の音域に最も近い楽器と云われているヴィオラの調べは、母に愛された長男の祈りそのもののように会場に響いた。姉も私も、母との永訣をその時ようやく静かに受け入れることができたように想う。両親が居なくなり、自分の核の部分を共有するのは姉と二人だけになったのだ。その後姉とは、人生の前半を共にした者どうしの絆を大切にしながら歩むことができていると思う。

 あれから8年目の春を迎える。「エンディングまでの季をどう生きるか。」今度は私たち姉妹がその問いに真摯に向き合わねばならないだろう。

 昨日の母の命日は、お参りを済ませて桜の花びらが舞う夙川添いに姉と歩き、予約していたイタリアンレストランで軽いランチを頂いた。そこは、プロの声楽家がカンツォーネなどを客に歌うレストランで、いつ行っても食と音楽を楽む客でにぎわっている。

 両親の忌日は、日ごろそれぞれの暮らしで忙しくしている姉妹が日常の荷を下ろし、近況を語り合う得難い機会となっている。親との別れは辛いことではあったが、姉妹という財産を両親が遺してくれたことに感謝している。

《  宝物  》

 拙詩集『分かれ道』には、ユリカモメや黒いラブラドールなどの生き物や、幼い人たち若い人たちが登場しますが、一篇だけ同年代の人が登場する作品があります。『帰るところ』です。

 

 

 年に一度 花のとき

 河口の町で再会し かたわらに荷をおろす

 言葉にできない通奏低音を互いに響かせながら

 

 昨日がその、〈年に一度 花のとき〉でした。川沿いの桜や椿の花を観ながらベンチで話し、近くのレストランで話し・・・・・一年お会いしない間の出来事は、汲み尽せません。

 

 現職のときに職場で出会った朋代さん(仮名)。常に相手のことを考えてさりげなく手を貸してくださる彼女、心の底を手繰り寄せて本当に実感したことを語る彼女と過ごす時は、とても快く、一年ぶりと思えないほどぴったり通じ合えます。

 「私の宝物は、この地球という星に生きる自然の命と、後に続く幼い人たち」と、ずっと心のなかでまとめてしまっていましたが、「同時代を一緒に生きている人」が「今ここで生きる支え」を惜しみなく下さっている宝物であることを、昨日改めて実感しました。

《 吟遊詩人社 4月の予定 》

 先日知り合いのBさんから、つくしが届きました。ある年はスミレ。あるいはレンゲ・・・。毎年新聞配達の途中の道で見つけた〈春の知らせ〉を、Bさんはご親切にお手紙と一緒に送ってくださいます。

 子供のときは、母がつくしの佃煮を夕餉に出してくれるので、近所のお友だちと一緒につくし摘みに行き、笊いっぱい採ったものです。姉と一緒に台所ではかまを取りました。つくしがお墓の湿った土地にたくさん生えていることを誰かが教えてくれ、ある時お墓でつくし摘みをしました。その時は、子どもながらにお墓から頂いてきた山菜であることは、母に内緒にしていたように思います。今では珍しい貴重なつくしを、Bさんはわざわざ送ってくださいました。

 

 4月に入ると今度は待っていたように桜が開き始めました。日の出も早まりますので、私のウォーキングの出発も早めようと思います。人気の少ない川岸を一足お先に花見をして、橋の下の反響を生かした声出し練習。遊歩道の木の柵を使ったストレッチ体操・・・。私のレッスンにはお金がかかりません。お腹を空かせてからの朝食は美味しいですね。

 

4月2日(日)マルイ前アクション  三宮マルイ前にて 14:00~16:00

                         拙詩『四分音符の鳥』を朗読

 

4月6日(木)花見会        11時~ 夙川にて

 

4月9日(日)  ばとこいあ神戸   神戸学生青年センターにて 

                       拙詩『四分音符の鳥』『紋』を朗読 

          

 上記『四分音符の鳥』は、かなり難しいビヴァルディの『二つのヴァイオリンのための協奏曲』にのせての朗読で、曲を耳で覚えるのに時間を要しました。

 今新作の詩『紋』を練習し始めました。これはサティの『ヴァクサシオン』というピアノ曲にのせる詩で、短くて曲がリードしてくれてすぐに朗読体制に入れると思います。新曲に取り組む過程も楽しんでいます。                         (2017・4.3)

 

           《 カンパご協力御礼申し上げます 》

 

 2016年度も、吟遊詩人社の活動に温かいご支援をいただきまして有難うございました。吟遊詩人社は、福島原発事故後の子供たちの保養キャンプや、福島でお母さんたちのグループを作って、一人で声をあげにくい一人一人の声を束ねる活動をされているママcaféへの支援等を続けて参りました。

 本当にささやかな取り組みでございますが、頂きましたカンパとその使い方の報告をさせていただきます。

  

             2016年度 吟遊詩人社会計報告

 

                             20173.17

 

<収入の部>

 

 口座振り込みカンパ   6000

 

 尼崎市退職教員協議会にて 

 

朗読CDへのカンパ   2000

 

 所属詩歌結社同人より

 

  出版祝い          32000

 

 友人からのカンパ  

              25000

 

 詩集代          1500

 

収入合計          66500

 

 

 

 

 

<支出の部> 

 

 保養キャンプ『佐渡へっついの家』

 

クラウドファンディング募金30000

 

 明石で遊ぼう!タコ焼き 

 

キャンプ        12000

 

 福島朝鮮学校保養キャンプ

 

in 宝塚         12000

 

 のびのび福祉会

 

(福島の保育所)      12500

 

支出合計            66500

 

 

 

<差し引き残高>        0円         

 

 

 

*今年度より<豊作野菜を送る会>が送料を負担する共同事業と致しまして、福島県いわき市の<ママCaféかもみーる>が主催されています『小さなお茶会』に、無農薬の野菜や季節の果物を、上記カンパ会計以外の吟遊詩人社基本会計より送らせて頂いています。 

 

 *〈豊作野菜を送る会〉参加イベントで頂きました拙CDへのお志は、〈豊作野菜を送る会〉会計の中で、別途ご報告させて頂きます。

 

皆様方の温かいご協力に心より感謝しております。有難うございました。

 

                       吟遊詩人社  望月逸子

 

                         《 我が家の宗教のこと 》

 

  お彼岸には姉と川西市のお寺にお参りに行きます。父も母もすでにあちらの岸の人となり、川西に住む家族は誰も居ませんので、昨年思い切って姉と墓仕舞を決行しました。今はそのお寺の納骨堂に父母と姉の遺骨はあります。私たちは意識して選んだ訳ではなく気がつくと仏壇のある家に育っており、父亡き後も母によって仏教の作法で供養を続けてきました。それを見様見真似で引き継いだのです。姉の連れ合いは長男で、すでに義兄の家の仏壇があり、私の家に実家の仏壇が運ばれて来ました。

 法事の後に姉と食事をし、お茶を飲みながら話をするのも楽しみの一つです。でも最近少し立ち止まって、わたしが受け継いだ仏事について考えるようになりました。子育てと仕事が終わると、次は自分の創作の世界に入り込み、両親から受け継いだ宗教について立ち止まって深く思いを巡らせることができなかったのですが、最近「本当にこれで良かったのか。」と真剣に考え始めました。仏教のことを何も知らなかった不見識も恥じています。

 

 母は女学校の時に祖父が倒産し、女学校への電車代もままならなくなったそうです。歩いて十三大橋を渡り通学している時に、キリスト教の伝道師と出会い、救いを求めるように教会に通うようになり、遂には、家族も日曜日に教会に連れて行くようになったと母の死後母の妹である叔母が云っていたことがあります。

 父の生家は、本願寺8世蓮如が建立した吉崎御坊の近くにあり、どの家にも立派な仏壇があるような熱烈な仏教徒に支えられている地域です。実家には乳児の時に亡くなった姉の位牌を祀った仏壇がありました。

 実は母は、小学校に上がる前の私と二人だけの時は『神ともにいまして』や『主われを愛す』などの讃美歌を歌って教えてくれていました。幼いころから口伝えで覚えた讃美歌が、童謡と同じくらい身近な音楽だったかもしれません。母は〈家庭内隠れキリシタン〉だったのか?母のなかで仏教もキリスト教も矛盾なく同居していたのか?今になっては確かめようがありません。いずれにしても私は、子どもの時から仏教とキリスト教を頭ではなく生活の中で皮膚感覚のように受けとめてしまっていました。

 ただ自分のエンディングスタイルは、自分で熟慮して決めなければならないと思っています。法事の時だけご住職が来られ、魂の関係を切り結ぶことのできないままお経をあげて頂き、お布施をお渡し、慌てて帰って行かれるというビジネスライクな仏教との関係を、本当にこのまま続けてしまっていても良いのかと振り返る今日この頃です。 

                                    (2017.3.19)

   

  

            《 早春の河口で 》

 

  朝の夙川の河口近く、ヒドリガモのカップルが3組、仲良く浮かんでいます。ヒドリガモの雄は、頭頂だけ金茶色に染めたようなお洒落な鳥で、すぐに見分けられます。雌雄の別は頭の色で分かっても、同じ雌どうしや雄どうしは、私には皆同じに見えるのですが、カップルはどこで相手を見分けているのか磁石のように寄り添っているのがずっと不思議でした。人間の目や感覚では見分けられない嗅ぎ分けられない微妙な特徴がどこかにあるのでしょう。

 しかしごくたまには、水の流れと仲間の動きにつられて、彼女を置いて違うカップルの流れについて行く迂闊な雄もいます。気づいて彼女のいる川岸に戻ると一言何か云われているように見え、微笑ましい出来事に頬が緩みました。

 巣造りをして可愛いヒナを育てるシーズンが、もうすぐ始まるのでしょうか。

                                   (2017・3・9)

 

 

 

《 吟遊詩人社 3月の行事 》

3月11日(土)

 〈3・11神戸からの祈り〉  17:00~19:00       三宮マルイ前にて

 

 あの東日本大震災から6年経ちました。今年も私たちは三宮マルイ前で、3・11の形にみんなが持ち寄ったキャンドルの灯を点しました。今年は保養キャンプ支援の目的で募金活動をさせて頂きました。また、福島の子どもたちを明石や姫路で保養キャンプをしている『明石たこやきキャンプ』や、避難者支援グループ『みちのく談話室』の代表の方から、福島のお父さんお母さんとの触れ合いから学んだこと等を話して頂きました。

 母子避難の家庭で、毎週金曜日の夜に神戸に来て月曜の早朝に福島に帰るお父さんの精神的肉体的しんどさを、あらためて伺うことができました。

 

 吟遊詩人社から、毎年拙朗読CDに頂きましたカンパを、このたこやきキャンプにも些少ながら支援させていただいています。追って詳しく吟遊詩人社の会計報告をさせて頂きます。

  

           《 少女 》

                                                                                                                                                        〈日本軍「慰安婦」問題〉という戦争犯罪に関して、最近起きた日本政府の対応が腑に落ちないままずっと私の胸を塞いでいます。10億円という元日本軍「慰安婦」の方々へのお金を出せば、問題は「一件落着」と被害を与えた側の国が勝手に決め、その後手のひらを返したように「韓国ソウルの日本大使館前の少女像を撤去せよ!」「さもなくば、大使を召還する。」等々の高圧的な態度に出るとしたら、それは謝罪ではなく更なる傷を深める行為であったというより他ありません。

 アメリカの新大統領へのご挨拶の〈手土産〉が、51兆円という桁違いの高額であることにも驚きましたが、安倍政権のこの間の〈日本軍「慰安婦」問題〉でみせた人としての誠意や品性を欠く態度は、一体どんな思想や支持に支えられて一国の首相が堂々と行えるのか疑問に感じています。

 

 前回のブログで紹介しました詩人石川逸子さんは、詩集『たった一度の物語~アジア・太平洋戦争幻視片』(2013年5月1日 花神社)で、その「少女の像」の詩を書いておられます。ご本人のご了解を頂き、改めましてここに掲載させて頂きます。

 

 

 

 33 少女

 

戸外の椅子に すわりつづける少女

秋の日も 真冬にも

さらさらと雪は降り

少女の黒髪に 膝のうえに 降りつもる

 

あなたは 故郷からはるかに遠い南の地で

爆撃に倒れたのか 飢え死んだのか

あるいは だまされて連行された 中国の「慰安所」で

日本軍兵士に逆らい 斬られたのか

うつされた性病で病み死んでいったのか

 

    「慰安婦」ではない 性奴隷でした

 

辛いくも生き残り 解放後も辛苦の生を送った

かっての少女たち 今 年老いたハルモニたちは

かっての自分のうら若い面影に

手をさしのべ 少女の髪の毛に降る雪を

そっと払いのける

 

韓国・ソウルの日本大使館前

ものいわず すわりつづける 少女

二十万にもおよぶという 被害者たちの

悲憤を やわらかな胸に抱いて

すわりつづける 少女

 

なお 地球のあちこちで

起きつづける あまたの 少女たちへの凌辱に向かって

しっかと目を見開き

雪に濡れながら すわりつづける

少女の像

                                                                                                      (   2017.2.23  ) 

 

 

《 3・11と 石川逸子さんのこと 》

 通勤電車で石川逸子さんの詩集を読みながら溢れる涙を押さえられずにしばしば困っていたのは20年前。当時の私は仕事と子育てに追われていて、混雑する通勤電車に運よく座れたら「そこがその日の私の書斎」という日々でした。

 

 その後、息子たちは次々巣立ち、それぞれ家庭を持ち父親になりました。38年間勤めさせて頂いた特別支援学級の仕事も、6年前に退職しました。

 退職後は、先達の作品を読んだり自分の創作などにゆっくり時間を注げることを想像していましたが、その退職の時が2011年3月だったのです。

 

 福島原発事故の後に読んだ福島の詩人若松丈太郎氏の『ひとの証』という詩集が、私のそれまでの生き方を大きく揺すぶりました。その詩集は、詩人アーサー・ビナード氏の英訳との対訳になっています。両方を同時に心に入れることで、例えば「呼ぶ」と「call」が一つになって、もうそこにはいないはずの子どもの声が響く深いチェルノブイリの闇の空間を感じさせられました。

 

 2011年の3月11日以降、「福島原発事故後の日本で、これからどう生きていくのか?」と自らに問う日々であったと思います。福島原発事故の為に、核の被害が過去ではなく、今応えなければならない問題になってしまいました。 その問いかけの過程でたくさんの宝物のような出会いがありました。広島の原爆資料館地下の会議室でお会いした詩人のアーサー・ビナードさんや、御庄博美さん。そして御庄博美さんと3.11後にご共著で『哀悼と怒り~桜の国の哀しみ』という詩文集を出版された石川逸子さんには、厚かましくお便りをさせて頂いたように覚えています。 

 石川さんの詩作品には、戦中戦後を生きてこられた来歴の中で生まれた心の燈明が灯っています。第二次世界大戦で原爆や戦場で命を落とした人たち。日本軍「慰安婦」にされた人たち。アメリカの核実験の犠牲となった第五福竜丸の船員たち。小さくされた者等への絶えることない灯です。

 20年前の私にも、その灯が照らし鮮明に映し出される世界と、灯し続ける作者のエネルギーが、強い波のように伝わっていたのではないかと思います。

 

 あの3月11日から、もう6年目に差し掛かろうとしています。 

         

                                                                                                      ( 2017. 2.22 ) 

 

 

《 大阪大空襲にまつわるファミリーヒストリーを書きました 》

 ★『詩人のエッセイ集~大切なもの』(コールサック社)というアンソロジーに参加して★

 

 私の両親は、当時は珍しく見合い結婚のカップルではありません。戦時中のことです。女子青年団員であった母が、父の勤務先の小学校の運動会の「計算競争」に駆り出され、走ることはそれほど得意ではない母なのですが、計算の用紙にたどり着くや否や、暗算でさっさと答えを書いて一等でゴールインしたそうです。その母の姿に、父は胸を射抜かれたようです。

 直接男女交際ができる時代ではなかったようで、『竹取物語』のように、母の家にしかるべき手順を踏んで結婚の申し出に行ったということを、子どもの頃聞いたことをぼんやり覚えています。

 両親の結婚後、戦局が厳しくなり、4年生の担任だった父は、学童疎開の引率として子供たちと川西の能勢の山寺に赴くことを命じられます。 父は身重であった母を大阪に一人残して疎開に行くことを拒みました。そこから、我が家のファミリーヒストリーが始まります。

 

 安倍政権は、今何も起こしていなくても相談しただけで罰することができる「現代の治安維持法」と呼ばれている「共謀罪」の法制化を急いでいるようです。このような暗雲垂れ込める時であるからこそ 今一番書き残したい事、伝えたいことを書かせて頂きました。

 

 現役の詩人44人がエッセイを通して語りかけます。

『詩人のエッセイ集~大切なもの』

(編集 佐相憲一  コールサック社 1500円+税)

                                                                                                         ( 2017. 2. 21) 

 

 

《 吟遊詩人社 2月の予定 》

 今が一番寒い時なのでしょう。冷たく張り詰めた空気が大好きなユリカモメたちは、小雨が雪に変わるのを待っていたかのように、ますます元気に湾の上空を旋回しています。

 

 ブログの書き込みが、遅れてすみません。2月の詩の朗読の予定は、三宮マルイ前でのマルイ前

アクションだけです。1月から温め続けてきた新作「四分音符の鳥」を朗読します。

 

2月26日(日)マルイ前アクション 14:00~16:00

  

                                                                                                       (2017.2.1 )

               

 

《 新年の祈り 》

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

今年は朝のウォーキング途中、初日の出に祈りました。

《子や孫の世代が平和で安心して暮らせる世が続きますように!》

 

 夙川の河口は、太陽が3つ見える私の密かなパワースポットです。昨年の暮、夙川添いのウォーキングを終えて帰る途中に発見しました。実際の太陽と湾に映る太陽、細い洲の手前の河口に映る太陽という3つのお天道様の金色に燃える光を同時にみることができます。護岸の少し高くなった木の柵がある見晴らし台は、その時間帯はどなたも居られませんので、その日から《三天道様》のエネルギーを独り占めしながらストレッチすることを始めました。

《晴れの日限定の密かな健康法が今年一年続けられますように!》

 欲張りな私の二つ目の祈りです。

                                                                                                         (2017.1.1) 

 

 

《 ヴィヴァルディの 「二つのヴァイオリンの為の協奏曲」 》

 今創作途上の詩は、ヴィヴァルディの二短調の『二つのヴァイオリンのための協奏曲』にのせています。認知症になった母の枕辺でよく一緒に聴いていたバッハとヴィヴァルディの曲が2枚組になっているCDアルバムに含まれている曲です。とても美しい曲ですが、マイナーの曲独特の寂寥感が漂っています。CDの解説書を読むと、ヴィヴァルディが女子の孤児の為の音楽学校の教師だった時、その合奏団の為に作曲されたと書かれていました。

 冬至を過ぎた寒い朝、夙川で出会った対のヒドリガモが泳ぐテンポにぴったりの曲。彼らを眺めていると、曲の出だしが突然ゆっくり流れ始めました。

                                                                                                        (2016.12.26)

 

 

《 太陽の光がどんどん強くなるお祝い 》

 今日は冬至です。太陽が照っている時間が、明日から少しずつ延びていきます。

 定年退職を迎えるまで、家でゆっくり太陽の光を味わう余裕もなかった私にとり、2月までの寒さ厳しい最中にある冬至が嬉しいという感覚は全くありませんでした。今は、徐々に日照時間が延びて行き、太陽の光が強くなる季節を楽む余裕ができました。      

 退職後、朝のウォーキングを始めました。歩きながら詩の朗読台本を片手に、マスクの陰でぶつぶつ呟くこともあります。冬場は暗いと台本が読めないので、太陽が昇るまで家で新聞を読んで待機してから出かけます。今日は河口で、昇りたての太陽の光を両手を挙げて全身で吸い込みました。これからどんどん陽の光が強くなることを心からお祝いしたくなります。  

 わたしたち、地球の生き物にとり太陽の光と熱は、命に直結する宝物です。

                                    (2016.12.21) 

                                                                                                                

《 拙詩集『分かれ道』への書評 》

  鹿児島詩人会議の詩誌『詩創』をお贈り頂きました。その詩書評コーナー「培養室」に拙詩集『分かれ道』のご批評を頂戴しました。以下、一部抜き書きさせて頂きます。

  

鹿児島詩人会議『詩創』「培養室」より

評者・桐本平+詩子

望月逸子詩集「分かれ道」(コールサック社)

 作品「たいせつなものへ」は、ドヴォルザーク弦楽四重奏曲第12番ヘ長調作品96《アメリカ》に寄せて、という細かな副題がついている。どの曲によってこの詩が生まれたかと明確にするということは、双方のポエジー(ここでは、作られたものというギリシャ語の語源の意味で)を大切作者の意思なのだろう。「朝焼けが始まる/空の色が ミッドナイトブルーから/青磁色に移りゆくまで・・・」。

 この欄を書き進めるにあたり、実際に曲を聴いてみた。軽快な弦楽器の調べに魅せられたが、楽章に合わせてここまで想像を働かせ、独自の世界を書き上げる感性にも舌を巻く。同様に描かれる詩が他にも見られ、、作者の音楽への造詣の深さを感じた。

 阪神大震災に遭った作者が、 原発事故に遭った友人を思い、更に広い世界に思いを馳せる作品「祈り」は、交響曲のように響く。

「空も海も 小さな列島を巡りつながっている/出口も羅針盤もない箱舟に乗り込み/この水の惑星の命を傷つけながら漂流を続けるのは/もうやめよう!/すでにたくさんの人たちが箱舟から降り/声をあげながら桟橋を渡っている」。それは言わずもがな熊本大震災にも繋がるものだ。震災で音楽が心に深く響く経験をしたとのことで、曲に合わせて朗読する活動をされてきたと最後のあとがきで知り、合点がいった。他にも、吾輩は犬である風に、犬の眼差しで人を描写し、最後に命尽きる作品「黒いラブラドールへの挽歌~」など、作者の慈しみの視線が効いている作品が多数収められている。

 

《 心の湾に架かる虹 》

 今、朗読しています最新の拙作品は『湾に架かる橋』です。朝の散歩で、湾に湧く雲間に虹を発見したときに着想が浮かび、毎日歩きながら少しずつ変化して来た作品です。今まで私が詩のコラボの相手に選ぶのは、意図したわけではないのですが、必ず短調の曲でした。理屈ではなく直観で「自分の詩にぴったり!」と出会いの喜びを感じ、わくわくしてきたコラボの相棒すべてが<短音階紳士>でした。

 でも今回は違います。朗読の相棒に選んだのは、「バッハのフランス組曲第6番ホ長調 作品817・サラバンド」、優しく気さくな〈長音階氏〉です。

 3.11以降、今だに事故を起こした原発から、一日400トンの放射能汚染水を太平洋に放出し続け、それを凍土壁でくい止める巨額を投じた試みも失敗しています。

 世界に向けて「原発事故は完全にコントロールされている。」と罪深い嘘をつき、日本へのオリンピック誘致を成功させた宰相が座る国で、外に希望を見出すのは難しくても、「私たちの希望は死なない」と、自分たちの志の未来に希望を強くもつことは可能です。

 

《 朗読CD『しるし』に頂いたお便り 》その2

  ☆彡逸子さんおはようございます。CD『しるし』を受け取らせて頂きました。ありがとうございました。背筋が伸びる凛とした清らかな作品ですね。逸子さんの活舌のいい素敵なお声に聴き惚れてしまいます。このような新たな世界を創造していくという生き方に心からの尊敬の念を抱いています。心がすっと落ち着き、穏やかになるのは、そのようなエネルギーを生み出す作品だからだと感じました。

 命の使命をまっすぐに全うされる先輩方が、私にとっては闇を照らす灯のような存在です。 すぐに油断して、ささくれてばかりの日々です。作業も食事もすべて一緒の私のスペース(テーブル)に見張り番として置かせて頂きます。 

 お茶会では、お届け頂いた果物は、大人気でした。 

(福島県いわき市のちばゆみさんより。3・11福島原発事故後、お母さんのグループ 《ママCafe かもみーる》《TEAMママベク》等の活動をさています。)

 

《 吟遊詩人社 12月の予定 》

 もう残すところ3日で師走に入ります。皆様ご機嫌いかがですか。

 今地球のあちこちで洪水や、地震が多発しています。つい先日の11月22日にも、関東以北を再び地震が襲いました。皆様ご無事でしたでしょうか。

 

 お正月の準備も気にはなりますが、まずは天災に備えましょう。先週は、カセットコンロや懐中電灯の乾電池、水や缶詰、懐炉などの当座の備蓄をチェックして補給しました。

 

 我が家のベランダのすぐ前が湾の遊歩道で、護岸の向こうは海です。この海のお陰でわたしは詩を生むエネルギーを頂いて30年以上を過ごして参りましたが、津波の被害が十分考えられるマンションの2階部分に暮らしています。

 「備えあれば患いなし。」という言葉を、3・11以降わたしは疑ってしまいます。どんなに備えても、大きな自然の力に人間は弱いものです。でもやっぱり備えておきたいですね。

 

               <12月のスケジュール>

 

12月11日(日)13:00~16:00 《 ばとこいあ 神戸 》 神戸学生青年センターにて

                                             バッハのフランス組曲にのせて

                   詩の朗読をします

 

 

12月18日(日)14:00~16:00 《マルイ前アクション》 三宮マルイ前広場で

                  神戸を中心に兵庫県で脱原発運動をしてきた

                仲間の今年最後の宣伝活動です。

                 ベテランに交じって若手のシンガーソングライターも

                複数参加し、賑やかなイベントになることでしょう。

                 私も詩の朗読で参加します。

                                (2016.11.28)

 

《 朗読CD『しるし』に頂いたお便り 》 その1

☆彡 望月逸子さま

 昨日、朗読DVD「しるし」送付いただきありがとうございます。さっそく聞かせ
て頂きました。あとがきを読んでしまうと、言葉の意味が直接こころに響いてきて、
泣けてきます。
(中略)
 我が家の柱にも無数のテープを張ったしるしがありましたが、今はほとんどはずれ
てしまっています。そんな風に子育てが終わってしまい、私たちは振り出しに戻ってふ
たりの生活になっています。望月さんもそうだと思いますが、ここまで生きてきて、
次の世代に何かを残すために、何ができるのか、思いめぐらす日々です。

 大災害時代となり、とりわけ3・11を経験して、「今日と同じ明日がある」かど
うかわからないということを、思い知らされています。だから、今日を精一杯過ごし
たいと思うのですが、凡人にはなかなか実践できるものではありません。せめて、後
悔しない選択をしたいものです。

                                                                     (西宮の友人 折口晴夫氏より)

《 吟遊詩人社 11月の予定 》

 一つのことに集中すると、他のことにまんべんなく気を巡らせることのできなくなる私の悪い癖。最近特にその傾向が強まっているような気がします。

 行事予定への書き込みが大幅に遅れ、申し訳ありません。

 

11月6日(日)13:30~17:00

〈アステップ神戸> にて 「まずもんじゅ廃炉からとりかかろう 核燃料サイクル全廃に向けて」に参加。 朗読CD『祈り』『しるし』(吟遊詩人社)のブースを出します。

 

11月23日(水)14:00~16:00

 さよなら原発神戸アクション マルイ前アクション

新作の拙詩『湾に架かる橋』をバッハ・フランス組曲第6番 サラバンドにのせ朗読します。

 

11月26日(土)19:00~21:00

 神戸 いちばギャラリーにて

『ひょうたんライブ』

(*最近重い機材を持ち運びする、夜間の活動は避けて参りましたが、この時期体調が良好でしたら、是非久しぶりに『ひょうたんライブ』に参加させて頂きたいです。)

 

《 朗読CDのブース 》

 ご無沙汰しています。急に朝夕冷え込み、川辺の桜葉が濃く色づき始めました。皆様お風邪などひかれておられませんでしょうか。

 

 あっという間に1週間経過してしまいましたが、先週の日曜日、神戸で《脱原発兵庫フォーラム》が開催され、青森でお医者さんをされながら、六ケ所村の核燃料サイクルに反対する取り組みをされておられます大竹進氏等のお話を伺いました。                            

 もし青森県六ケ所村の核燃料処分施設で事故が起きましたら、放射能の影響は名古屋にまで届いてしまうことなどを伺いますと、ゾッと致します。

 

 この会場で、福島の子どもたちの保養キャンプやママの会に、無農薬の安全な野菜や果物をお送りしています《豊作野菜を送る会》のブースを出させて頂きました。そこで、望月逸子の拙朗読CD『いのり』や『しるし』にたくさんのカンパを頂戴しました。

 

<会計報告>

朗読CD7枚分 7000円

カンパ           3600円

計      10600円です。

 

 皆様の温かいお志に心より感謝しています。保養キャンプのない秋から冬は、福島県のお母さんちばゆみさんが立ち上げられました〈ママCafe かもみーる>に送らせて頂いています。彼女中心に福島県内各地で、毎月〈小さなお茶会〉が開かれています。地域で様々な悩みを抱える福島のお母さんどうしが、情報を交流し励まし合う会の存在は、お母さんたちの活力源になっているようです。

 皆様から頂きましたカンパは、保養キャンプのある季節もない季節も、有効に生かさせていただいています。本当に有難うございました。

 

《 第四朗読詩集『しるし』が完成しました! 》

  望月逸子の第4朗読CD『しるし』がこの10月に完成いたしました。8月の暑い日、京都の録音スタジオに2日間こもって詩と音楽のコラボレーションの朗読作品を収録を致しました。

 

 今年の4月に上梓いたしました拙詩集『分かれ道』のなかから、コラボ曲の作曲者が偏らないように4篇の詩を選びました。

 モーツァルト、ブラームス、シューベルト、バッハ。この4人の大音楽家方に、今回のコラボを支えて頂いています。

  

 今ようやく発送作業を始めたところです。時間がかかりますが、お手元に届きましたらどうぞご笑納ください。

 同時に福島の子どもたちの保養キャンプに無農薬野菜をお届けする資金づくりの資源として、集会のブースなどにも並べさせて頂く予定をしています。

 

 ジャケットの絵は、川瀬巴水の『春の愛宕山』です。いつもとちょっと雰囲気の違うレトロな感じになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

《 アーサー・ビナードさん 》

2016年 10月10日(月)

 

 昨日は京都で2か所にわたって行われました『アーサー・ビナード氏講演会』に、午前午後に分けて参加して参りました。

 今回は午前中のお話をご紹介します。京都YWCAで行われました《メリーゴーランド》主催のアーサー・ビナード氏講演会『絵本の向こうに、日本が見える』です。メリーゴーランドは、母と子に良い文化を根付かせるための読書会、童話塾、絵本塾などを展開しているサークルです。

 

 アーサーさんは詩集『釣り上げては』で中原中也賞を受賞された詩人ですが、絵本の原作の本質を見つめ、ことばのひとつひとつにこだわる絵本作家というお顔もあり、エリック・カールの絵本をたくさん翻訳されています。講演が始まる前に絵本の販売もしていましたので、たくさんのアーサーさんが翻訳されたエリック・カールの絵本から『えをかくかく かく』と、『ホットケーキ できあがり!』の2冊を手に入れました。

 

 アーサーさんのお話は、偶然にもその2冊に絞って進められました。

 エリック・カールの両親は、アメリカに渡ったドイツ人ですが、エリック・カールが6歳の時にドイツに戻りました。その時すでにナチスの政権下でした。ドイツには新しい芸術を目指す画家達が、『青騎士』というグループを作って活動していました。ナチスは、新しい芸術運動を「頽廃芸術」として弾圧し、その画家たちの作品を鑑賞するだけで逮捕されました。

 エリック・カールの少年時代の逸話です。

 絵本『えをかく かく かく』の最後に「この絵本のはじまり」というページがあり、その隣にフランツ・マルクという画家の「青い馬1」があります。この絵は、ナチスによって退廃芸術とされていて、一般の人が鑑賞することは禁じられていました。しかしエリック少年の絵の才能を見てとった美術教師クラウス先生は、エリック少年に命賭けでこの絵を見せたのです。エリック・カールの絵本『えをかく かく かく』の原点に、フランツ・マルクの絵があることは一目で分かります。最初の見開きページに、同じ青色の馬が、マルクの青い馬よりも力強く天駆けていました。

 

《 吟遊詩人社 10月の行事 》

2016年 10月

 

 台風が過ぎた朝は、ベランダに吹き溜まった落ち葉を掃除するところから一日が始まります。

 

 私の第四朗読CD『しるし』が印刷所から届きました。拙詩を創る課程でコラボしています音楽の巨匠たちは、毎回お世話になっていますバッハとモーツァルト、そこにブラームスにシューベルトが加わり、4巨匠に援けて頂き創りました望月逸子の小宇宙です。

 今日はクッション封筒を大量に買い、謹呈シールや謹呈者名簿を作成しました。明日から発送作業を始めます。日ごろのご厚情への感謝の「しるし」です。もしお手元に届きましたらどうぞご笑納くださいませ。

    

10月9日(日) アーサー・ビナード講演会 京都ひとまち交流館 14:00~。

 久しぶりに詩人であり絵本作家であり、反戦や反核の理論的な支柱でもありますアーサー・ビナードさんの、《心に響き、頭がクリアになるお話》を聴かせて頂きます。

 

10月16日(日)マルイ前アクション 14:00~16:00

  望月は、新朗読CDにも収録されています『落ち葉のパルティータ』を朗読します。

 

《 吟遊詩人社 9月の行事 》

2016年 9月1日(木)

 

 朝夕の冷気にブラウスを一枚羽織ることが増え、季節は急速に秋に向かっています。

 昨夜の〈中秋の名月〉、ご覧になりましたでしょうか?海の上の雲間に覗く落ち着いた満月の輝きは、私にとっては鎮静効果があるように感じられました。

 人や種によっては、満月が交感神経を刺激するタイプもあるはずです。私の苗字の望月は、満月の夜に〈魂のバイオリズム〉が高揚するのか、作品が生まれることが多いと感じて自分につけたペンネームです。すっかり私の存在の一部になってしまった〈望月〉を、昨夜は遠い空の彼方に仰ぎ見ました。

 新しいパソコンになった7月8月、ゆっくりブログの行事欄等を書き込む余裕もなく、新機種に慣れることで精いっぱいでした。ようやく今、元のように吟遊詩人社のブログを更新しています。

 今後とも引き続き、この吟遊詩人社ブログにお越しくださいませ。

 

9月11日(日) マルイ前アクション  三宮マルイ前     16:00~18:00 

                   『責任』を アカペラで朗読します。

 

9月22日(木) 小林隆二郎を偲ぶ会  神戸学生青年センター 12:00~17:00

                   『落ち葉のパルティータ』

                ~バッハ パルティータ第6番ホ短調 作品830にのせて~

 

 

《 翼をください 》

 私には、短歌を詠んでいた10年間があります。短歌のことを何も知らない学んだことのないわたしが、『朝日歌壇』に投稿し始めたのは、李正子さんの歌集『鳳仙花の歌』に胸打たれたことが直接の契機だったかもしれません。

 30年以上前のことです。毎週拙い数首を朝日歌壇に投稿し、何度か採っていただきました。「朝日歌壇」に載ることが、日常生活の密かな励みとなっていました。採用されたほとんどの作品が、戦後の短歌を切り拓いてこられた故近藤芳美氏の選でした。その数年後、短歌結社『未来』の近藤門下に阪神淡路大震災のあった年まで、10年間所属させて頂きました。ことば一つのもつ力の重み、夾雑物を心にも表現にも纏わないこと、「何を詠むか、詠まないか」・・・数え切れない大切なことを、厳しい選歌を通して近藤先生に実践的に教えて頂いていたと思います。

 

 先日随筆に過去の拙短歌作品を挿入する必要があり、旧い短歌作品のファイルをめくっていますと、当時受け持っていた6年生の少年の卒業式を詠んだ一連の作品が見つかりました。

 ご家族に愛情いっぱいで育てられ、心豊かで優しくユーモアに溢れた誰からも好かれるダウン症の少年でした。

 

体育館へ急ぐ踊り場窓ごしの吾の背向(注1)にふいの粉雪

 

ダウン症児優一歌う〈翼をください〉わが魂の席を起ちゆく

 

哀楽を素直に見する少年は優しきニックネームに我を呼びくる

 

ニキビ吹く優一のくれし投げキッス輝く椅子を残しゆくなり

 

日番の和子は三月の黒板に大き太陽と「はれ」の文字書く

 

差し潮の湾の音叉に響きいる吾を離れゆくものの足音

 

朝の陽の乱反射する入海を鷗ひときわ胸白く飛ぶ

 

(注1 そがい、後方のこと) 

 

 毎年夏休みに我が家に一人で一泊してくれる彼と過ごすことで、私たち夫婦は彼からたくさんのプレゼントを手渡されています。二人だけの淋しい我が家に、毎年彼が優しい心を届けに来てくれます。

 

 

『少年少女に希望を届ける詩集』(コールサック社)のアンソロジーに参加しました

 このたび、「いまを生きる多感な少年少女へ、そっとエールを送りたい。」という趣旨の200人詩集『少年少女に希望を届ける詩集』に参加させていただきました。中学や高校の図書館に置いてあったらいいだろうなと思えるようなさわやかな1冊です。

 200人の詩集のなかには、誰もが知っている宮沢賢治の『雨ニモマケズ』や金子みすずの『私と小鳥と鈴と星とたんぽぽ』などの有名な詩もあれば、望月のような無名の詩人の作品もあります。私は、拙詩集『分かれ道』にあります「あの子の夏休み」を載せて頂きました。

 この詩集をぱらぱらめくって、少年少女がそれぞれの「自分の一篇」を見つけてくれたらいいなと思います。319ページで1500円。少年少女のためにお値段も安くおさえられているようです。お子さんやお孫さんへの夏休みのプレゼントに是非!

 

 

望月逸子 第一詩集『分かれ道』 (コールサック社)

  第一詩集の上梓よりもうすぐ5ヶ月になります。その間たくさんのお祝いのお言葉や、温かいご助言をいただきましたこと、心より感謝しています。

 20年以上、詩と音楽とのコラボレーションの創造を独自で試みてまいりましたが、詩集というかたちになりますと、当然ながら紙の上に言葉だけで立ち続けなければなりません。その厳しさを改めて感じたりもしました。

 この詩集『分かれ道』を新たなスタート地点に定め、自らの世界を手探りで歩んで参りたいと思います。どうぞこれからもよろしく、ご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。 

 

 

《 事件の背後に 》

 相模原市の障がい者施設で19人もの入所者が殺傷された事件は、あまりにも辛い 怖ろしい出来事でした。新聞記事を読みながら、悔しい情けない気もちが溢れ紙面が何度も涙で霞みました。犠牲になられた施設の入所者の方だけでなく、この国の障がいをもたれた総ての人々に刃を向けられているようなやりきれない怒りを感じまいました。

 この容疑者が、自分を英雄だと勘違いする社会に逆戻りさせようとする力が、どこかで不気味に働いていないかと今不安に感じています。先の大戦時では、兵士としていかに有能にお国のために敵と戦うことができるかという尺度で人間に甲乙丙のランク付けがされました。

 どれだけの価値を生むか?損か得か?という側面だけで人を測る尺度が威張っている世の中も、ぞっとします。たとえば「子どもの笑顔をみるだけで幸せな気持ちになり、明日も頑張ろうと思える」等のお金に換算できない世界が、本当は人間の芯のところを支え動かしていると思うからです。

 数値化できない命の輝きに囲まれて生きてきたことを、有り難く思います。詩を書いて表現しようという欲求やエネルギー等、今わたしが大切にしていることは、総てそこから始まっているのかもしれません。

 

 

《 残念な選挙結果でしたが・・・ 》

 今回の選挙結果で、安倍政権は3分の2以上の改憲議席数を得ることはできたようです。でも、わたしは絶望していません。

 今回初めて<平和憲法>を守るために野党の共闘が生かされ良い結果が生まれた地域があります。東北は、保守の票田だったはずですが、秋田以外の1人区総て自民党は負けています。

 「自民党はTPPに絶対反対します!」と先の選挙で公約し、見事にそれを裏切った安倍政権を東北の人々は許さなかったということです。

 ちなみにアメリカの農作物には、ミツバチを死滅させるネオニコチノイドという怖ろしい農薬がまかれているというので、どんなに安くてもアメリカ産の野菜や果物、肉を買わないようにわたしは気をつけています。

 福島県民も、東京電力が取り返しのつかない原発事故を起こし、いまだに除染された汚染土のフレコンバックに覆われている故郷に、何の保障も無く帰郷を促す現政権に対し不信感を持ってあたりまえです。長い年月かけてご先祖から受け継いできた田畑が汚染されてしまいました。「原発さえなければ。」と畜舎の壁に遺言を遺して自死された酪農家もおられます。

 それでも、安倍首相は世界に向けて「原発事故はアンダーコントロールされている。」と嘘をついて東京オリンピックの誘致に成功しました。先に解決しなければならない自国の問題は、どうなるのでしょう。福島県でも自民党は議席を失っています。沖縄や北海道も、与党は負けています。アベノミクスのお零れが滴り落ちないところでは、すでにアベノミクスの嘘が露呈してしまっているのでしょう。

 

 非日常の選挙戦が終わって、これからが本当に大事な時だと思います。日本国憲法で保障されているはずの「平和で一人ひとりの命や人権を大切にする生活」をなんとしても守っていきたいとわたしは思っています。子や孫の世代に、「国防軍」という置き土産を遺すわけにはいかないと、強く思っています。

 

《 悔いの無いよう投票に行こう !》

 日本人7名を含む犠牲者を出した、バングラデシュ・ダッカでの痛ましいテロ事件の後、改めて感じたことがありました。

 「戦後の日本は平和憲法を堅持し、外国人を誰一人戦争で殺していないだけでなく、砂漠に井戸を掘るなどの国際貢献で、アラブ諸国では多くの人々の生活や命を護る特別の国として尊敬され認められてきた。」と思っていましたが、安倍政権下、<集団的自衛権>を国会で通し、3年前から〈国防軍〉をもつ国へと変える「憲法改正草案」が出され、武器輸出などの死の商人化が加速することによって、今や「間接的に戦争に参加している国」として「イスラム国」にも認識されてしまっているということです。

 

 「国を守るため」のはずの軍備強化が、決して日本人の命と生活を守ることにつながらない一例が、日本がオスプレイを4機も購入したことです。それが欠陥商品であることは、今回のオバマ大統領の訪日の際、デモンストレーションとして大統領が日本のオスプレイで登場するというシナリオを日本側が打診したところ、正直なオバマ氏は、「オスプレイは危険だからNO!」と返事をされたことでも明らかです。売った国の大統領も乗るのを拒む欠陥商品オスプレイは、一機なんと500億円!?それを4機買うお金があれば、福祉・教育・保育等日本でまだまだ予算の行き渡っていない、そして重要なところをもっと潤すことができます。福祉や保育に関わる人たちの給料が安いことで、その職業を希望する若者も少ないという残念な情況が、ここ数年より深刻化しているそうです。

 

 選挙戦の争点から、〈憲法九条〉は意図的にはずされていますが、3分の2議席を与党が占めれば、日本の未来が「戦争をする国日本」へと、大手を振って変わっていくのだと思います。

 

 平和憲法の国日本の未来を左右する今回の選挙に、悔いの残らないように参加したいものです。10日に用事がある方は期日前投票で、自分の未来に1票を投じましょう。送られて来た「投票所整理券」の裏に期日前投票のことが詳しく書かれていました。

 

 

 

 

 

 

《 宮沢賢治と共に~楽しかったライブ 》

 昨夕、神戸市須磨区の喫茶&ギャラリー『あいうゑむ』で〈宮沢賢治ノ心象スケッチ「旅の途中」〉というライヴが、成功裏に幕を閉じました。

 これは若手新進画家 山本法子さんが企画されたものです。山本さんは、最愛の妹としこを喪った賢治の足跡を辿り、自ら海峡を越えて吹雪くオホーツクの海を描いておられ、ギャラリーでは6月中展示されています。(078-735-3975)

 

 昨日は、一人で『宗谷挽歌』の朗読をすることと、参加されたお客さんの前で朗読する違いをはっきり体感できました。会場には宮沢賢治愛好家が、空席が無くなるほどぎっしり参加されておられました。

 おそらく全員がそれぞれのハートにそれぞれの賢治さんの灯を点されておられたのでしょう。

その灯がわたしの朗読のエネルギーとなり道しるべとなっていたように思います。いつもより集中し朗読することができました。文字を通して脳内で宮沢賢治の悲哀や慟哭を受けとめることは不可能のように感じられていましたが、今回お客さんたちと一緒に、賢治さんの哀しみの一端を体感しているような不思議な実感がありました。企画された山本さんが、拙朗読のさなか涙が何度も込み上げてきたと後で伝えてくださり、この初めての体験をさせて頂いたことに感謝しました。

 

 

《 いよいよ明日 「宮沢賢治ノ心象スケッチ展」で朗読します! 》

 明日、17時より 喫茶&ギャラリー 《あいうゑむ》にて宮沢賢治にちなみましたライブがあります。( 神戸市須磨区須磨寺町1-6-12 ℡ 078-735-3975 )

 

 最愛の妹 としこを喪った賢治の傷心の旅の模様を、その詩作品『宗谷挽歌』『宗谷(一)』

『宗谷(二)』の朗読を通してたどります。バックに篠笛の調べが流れます。

 

 わたしは今回一部で、『宗谷挽歌』を朗読させていただきます。自作の詩の朗読しか経験がなかったわたしですが、今回宮沢賢治の作品を朗読する体験をさせて頂きます。黙読と朗読、基本的に何が違うのでしょう。朗読は、からだを使うことです。賢治さんの<心の声>が、わたしのからだに入り、そして口から出て行く・・・。黙読では、主に視神経や脳が活発に働きます。ちゃんと賢治さんの心の声を私の心と体に入れていなかったことがようやく分かりました。

 

 二部では、矢谷さんと神田さんの《風来》(アコースティックギターユニットの歌と演奏)、オカリナ演奏、私も自作の詩の朗読をさせていただきます。

 小さな生き物の命と再生の詩『視えない五線譜』と七夕の織姫星が登場する『ベガの瞬き』。今から最後の練習を致します♪   

 

 

《 吟遊詩人社6月の行事 》

2016年6月1日

 

 カルガモが、ラスピラズリ色の風切り羽を隠し持っていることをご存じですか?あの地味な雌雄の区別もつきにくい褐色系のカップルの、折りたたんだ翼の内に、鮮やかなラスピラズリの羽を見つけたとき、ドキッとしました。

 6月のブログがいつまでも更新されていないので、ご心配をおかけしていたかもしれません。ごめんなさい。大丈夫です。早朝ウォーキングも再開しています。私は初夏に生まれていますので、ようやく私の季節が来たという感じです。なんの変哲も無い浜添いの道と夙川河畔を歩くだけですが、カルガモの風切り羽のような思わぬ発見があります。人気のない橋の下の音響効果を生かした発声練習や朗読練習も再開。初夏の海辺や河畔から伝わるエネルギーの波に乗って、これからの暑さにも負けない体力気力を培いたいものです。

6月12日(日) ばとこいあこうべ 神戸青年学生センター 13:00~

6月17日(金) 尼崎退職教職員協議会総会にて詩の朗読  13:00~

 

6月26日(日) 宮沢賢治ノ心象スケッチ展 < 旅の途中 >

                     ポエム&ギャラリー喫茶 あいうえむ 

                      17:00~19:00

                      神戸市須磨区須磨寺町1-6-12

                       ℡ 078-735-3975

   

 オーナーは、大先輩詩人の福永祥子さんです。福永さんのお招きで  

 アコースティックギターユニット《風来》さんたちとご一緒させていただき、宮沢賢治の詩や、それぞれの詩の朗読、オカリナ演奏、歌等のミニコンサートに参加します。

 

 

望月逸子 第一詩集『分かれ道』へのお便りに感謝しています。

 全国から拙詩集『分かれ道』に寄せられましたお心のこもったメッセージに、心より感謝しています。本当に有り難うございました。現在毎日返事を書いているところですが、まだその総てに書ききれておりません。ご挨拶が大変遅くなりましたこと、どうぞお許しくださいませ。

 

 今まで私はどこの詩誌にも所属しないで、作品へのご批評を頂く環境にありませんでした。

 樹々や鳥の飛翔などの命の営み、夜空や大切な人たちから放たれる光・・・。わたしを囲む世界から受け取ったエネルギーや心の動きや波立ちを、ことばに紡ぎなおして音楽とコラボさせながら織るという、独自の手作りの作業をただ一人で20年ほど続けて参りました。詩友はわたしを囲む自然。鳥や獣や虫や樹々。天体から発する光。詩の先生は、作品を盛る器として一作ずつ選んだ楽曲や、その演奏者たちでした。作品がその曲にのらない時は、わたしの心によけいな垢や埃がついていて、無駄なことばを発している証拠と受けとめました。音楽が容赦なくわたしの饒舌を拒み教えてくれていました。

 

 今回コールサック社の編集者で詩人でもあります佐相憲一氏とお出会いできましたことが、新しい扉を開く思いがけない契機となり、20年間の作品を詩集に編むという新しい歩みが始まりました。

 わたしは難しいことばを即座に飲み込むことはとても苦手ですが、ある詩人の集会で司会をされていた佐相氏のおことばが、心から発せられていることを感じとり声をかけさせていただきました。それが文字通りわたしの『分かれ道』のはじめの一歩となりました。

 

 今、旧知未知の皆様方からお寄せいただきましたお便りが、私の大きな励ましとなっています。 これから当ブログにて、寄せられましたお便りや、新聞や詩誌の批評欄での記事を少しずつ紹介させていただきたく存じます。お暇なおりにどうぞお読みください。

 

《 垂水在住の先輩詩人 福永祥子さんからのお便り 》

 あわただしかった連休も去って、今日はまたひさしぶりのスカッとした青空、ご恵送いただいた詩集「分かれ道」としっとりと向き合っております。

 幸いにしてお客の一人もこない暇な喫茶店です。

 「風待ち坂」大好きです。

 瀬戸内海の平坦な街で育った私は、神戸にきて一番気に入ったのが坂の上から見下ろす海でした。今住んでいる家も店からの帰りも、駅からの帰りも、必ずどこかの坂道を上ります。

 塩見坂 キツネ坂 桜坂 ああでも風待ち坂なんて、なんて素敵な坂道でしょう。私も密かに一番お気に入りの坂道を少し立ち止まって「風待ち坂」とよびましょう。

 

 とても不思議な詩集でした。それにとても魅かれる詩集でもあります。

 

    わたしたちは どこからきて どこにいくのか

 友だちと遊び疲れて帰る道すがら、ふと、どこか遠くへ行ってしまいたいそんな幼い頃のつぶやきに再会しました。

 望月さんの詩のなかには、どこか異次元からの透明な眼差しを常に感じます。

だから、詩のことばを超えて感動を呼ぶのでしょう。

 望月さんの優しい声を身近で聴いているようでもあります。

 

「ピヨピヨ」「父の岸辺」「天空の旅」「金星」「視えない五線譜」「しるし」「祈り」「ベガの瞬き」 などが特に強く心に残ります。

 

 お礼が大変遅くなりましたが、ほんとうにありがとうございました。いつかまた お目にかかれる日を楽しみに・・・・・

 

2016年5月12日   福永祥子 

 

 

 

 

 

《 新聞・詩誌等での批評やエール 》

「アゲハ蝶 キビタキ 故郷の欅の木 逝ったひとたち・犬 母の干潟 オシロイバナ 柱に刻んだ一年の命のしるし クヌギの根元の小さな毬 三線の音に詩人のたましいの弦は 木魂し

またたき ニガヨモギ はびこり止まない世を 許さず 水を湛える惑星のなか すくと立つ」

 

 わたしが尊敬し私淑しています詩人は、石川逸子さんです。今回その石川さんより拙詩集『分かれ道』に素敵な帯文を頂戴しまして、わたしの第一詩集上梓というスタートを祝福して頂きました。本当に嬉しく有り難い石川さんからのエールでした。 

 

 石川さんとは、半世紀近く前から一方的に出会わせて頂いていますが、本気で私が石川さんのお作品を読むようになったのは、30年前のことです。重度のアレルギーををもつ次男を、助産婦さんより厳しい食事指導を受けながら母乳で育てていました。毎日「息子の顔の紅い発疹がひどくなっていないか?私が食べて母乳に入り込んでいるかもしれない食物アレルギーの反応は出ていないか?」というようなことばかり気遣って生活していました。「自分が何者なのか?何を目指しているのか?」というようなことは、完全に私の生活からは抜け落ちてしまっていました。

 そんな年の8月、家族旅行先の信州のペンションで読んだ「信濃毎日」に、原爆忌に寄せられた石川逸子さんのコラムがありました。誰かの文章を読んで涙が流れるということを本当に久しぶりに体験しました。私は石川さんの文章に感銘を受けると同時に、その時初めて「ペンの力」を信じることができるようになったと思います。

 それからしばらくして、毎週朝日歌壇に拙い短歌を投稿する日々が始まりました。その時ペンの力を信じるきっかけをくださった石川さんから、勝手に<逸子>というお名前を拝借してしまいました。以前もブログに書いたことだと思います。拙詩集に帯文を頂き、あらためて石川さんとの不思議なご縁に感謝しています。

~・~・~・~・~・~・~・~・*  *  *  *  *・~・~・~・~・~・~・~

 

 最初に紹介しますのは、透徹した眼差しで石川逸子さんの詩人論を書かれています詩人の河津聖恵氏が京都新聞の新刊詩集の批評コーナー「詩歌の本棚」(5月2日)で、拙詩集を取り上げてくださいましたお言葉です。

 

 

《 詩歌の本棚~新刊評(京都新聞) 河津 聖恵  》

 望月逸子『分かれ道』(コールサック社)は、原発事故や戦争によって壊れゆく世界の砂漠で、ひとすじの音楽に耳を澄ませつつ丹念に詩を紡ぐ。各作品の背景には人間のドラマがあるが、暗示にとどまる。平易でありながら絶妙な言葉の所作が、不可視の現実の広がりを読む者に感触させる。言葉の一つ一つが、世界がより良い共同体となるようにという祈りをこめて、丁寧に選択されている。

「帰る故郷のないわたしは/耳の底で起きていることを語った//ようやくあの二楽章が流れ出した/今流れているANDANTE//あなたはフルートを吹くときの首の傾げ方をして/わたしの話に頷いた//太陽の光を浴びて呼吸する若葉を繁らせ/葉の細胞が一斉に紅になるドミノを巻き起こし/余分な言の葉を一切もたず 冬を越し/梢の先まで桜色の樹液を巡らせ 花を咲かせることができたら/また この樹の下で逢いましょう//夕刻の風が河を遡るとき/あなたは振り返り羽衣橋で大きく手を挙げ/まだ通ったことのない道を歩きだした(「帰るところ」)

 

 

《 詩集~神戸新聞 文化欄~ 細見和之・詩人 》

 50年生まれの著者の第一詩集。こちらは三章立ての構成で32篇の作品が収められている。

小学校で特別支援学級の担任を続けてきた経験、阪神・淡路大震災での被災体験、さらにはさまざまなボランティア活動をつうじての見聞が、作品の背景にあるようだ。くわえて音楽のモチーフがしばしば登場する。

 実際、著者は、98年から詩と音楽のコラボレーションを試みていて、すでに3作の朗読CDを

持つ身なのである。

 以下は、環境問題に対する著者の強い主張がこめられた「早春の森に行ってきました」より。

 

〈 何度も繰り返された

 「まだ間に合うのか」と言う問いかけに

 わたしたちは答えるだろう

 間に合わせるしかない! 〉

 *(不夜城に点滅する大量の光の渦の下敷きとなり

  滅びるわけにはいかない!と)

                  *(  )内は字数制限により割愛

 

 

 

吟遊詩人社5月の予定

2016年5月1日 

 

5月も早、半ばを過ぎてしまいました。21日に福井県美浜市の《森と暮らすどんぐり倶楽部》の松下さんをお招きしての交流会が須磨で行なわれます。私はその交流会で詩の朗読をするよう仰せつかっております。初めてどんぐり倶楽部を訪れました時に生まれました拙詩『早春の森に行ってきました』の朗読をさせて頂く予定をしています。

 

5月21日(土) 14:00~  森と暮らすどんぐり倶楽部 松下さんを囲んで                

                           須磨ふくふくの家にて  

 

5月28日(土) 19:00~  ひょうたんライブ    いちばギャラリー侑香にて

 

5月29日(日) 15:00~  マルイ前アクション   三宮マルイ広場

 

 

分かれ道 (コールサック社 10周年「詩の声・詩の力」詩集)
望月 逸子
  

   

 この度、望月逸子第一詩集『分かれ道』を出版いたしました。 

 半世近く前よりその御詩集を通して勇気を頂いていました詩人の石川逸子さんに帯文を頂きました。拙原稿総てに目を通され、そこから拾われたことばでできた一篇の詩のような帯文で、とても有難く嬉しいです。

 ご縁を頂きました皆様には、日頃のご厚情に感謝し、謹んでお贈り致しました。「友人にプレゼントしたい。ので、もう一冊ほしい。」という有難いお声も届いています。アマゾンでも取り扱っています。真心こもったコメントも、そのレヴューコーナーに届いているようです。

 尚、5月2日付 京都新聞 詩集評で、詩人河津聖恵氏による拙詩集へのご批評が掲載される予定です。

 今後、このブログコーナーにて全国から『分かれ道』に寄せられましたご批評等、紹介させて頂けましたら幸甚です。

吟遊詩人社4月の予定

2016年4月1日

 

 先週より、刷りあがりました拙第一詩集『分かれ道』の発送のための作業や、頂いたお便りへのお礼の返事を書いたりしています。とうとうブログの更新ができないまま4月を迎えてしまいました。

 

 振り返りますと、この小さな心と体を生かし続けるために、どれだけの人々に支えて頂いていたことでしょう。感謝をこめましてお世話になりました皆様に謹んで『分かれ道』を謹呈させて頂きました。あちこちご無沙汰致しまして申し訳ございません。少しずつ元の生活に戻していきたいと思います。これからも宜しくお願い申し上げます。

 

4月10日(日) ばとこいあ神戸 神戸青年学生センター 13:00~

 

4月24日(日) マルイ前アクション          14:00~16:00

 

 

詩集『分かれ道』をお届けします

 以前お知らせしていました私の第一詩集が、いよいよ印刷されて今週中には届く予定です。 今までは、吟遊詩人としてのライブや音楽とコラボさせた朗読CD中心の活動をして参りました。その過程で、たくさんの方々との出会いがあり暖かいご支援やパワーを頂き感謝しています。

 

 ただ朗読CDは、ラジカセがないと再生できません。音の出るものですので、いつでもどこでも聴いていただくわけにも・・・。お車で移動される時聴いて下さっていましたAさんや、毎朝新聞配達をされた後に必ず聴いてくださっていたBさんのような特別の有難いファンの方が居てくださいますが、今回好きなときに簡単に開いて読むことができる詩集というスタイルに遅まきながら挑戦させて頂きました。もうすぐ皆様のところに不躾ながら拙詩集『分かれ道』をお届けさせていただきます。今までお世話になりました感謝を込めております。

 詩集の帯には、10代の頃から敬愛し、ペンの力を信じる切っ掛けを下さいました詩人の石川逸子さんに素敵なおことばを頂戴致しました。                         

 詩集の栞には、この詩集の編集者であり小熊秀雄賞を受賞された詩人の佐相憲一さんが有難い解説文を書いて下さいました。

 押しつけがましく恐縮ではありますが、お読み頂けましたら幸甚です。

 

 

  

                      

《 吟遊詩人社 3月の予定 》

2016年3月1日

 

 私の寝室は東の端にあり、朝の光りが障子戸越しに射し込みます。毎年3月にはこの部屋の出窓に、私だけのお雛様を飾っています。男の子が二人しかいない我が家には、長い間お雛様はありませんでした。私と姉のための雛壇は、1995年の震災後の引越しの時、母に処分されています。

 しばらくはその雛人形のことを想うと、箱を開けたとたんに感じる塗りの道具の香などが甦り、寂しさが募っていました。マンション住まいで女の子のいない我が家に雛壇が不似合いであることは、客観的に考えるとすぐに理解できることではあったのですが、長くもやもやした感情に蓋が出来ないでいました。

 息子達がそれぞれの道を目指して巣立った後、私は自分のためだけの立ち雛様を飾るようになりました。昨年にはクリスタルガラスのモダンアートのお雛様も加わり、出窓は急に華やかになりました。クリスタルガラスのお雛様はレンズの役割を果し、春の光を集めて出窓に放ちます。

 父や母はもうこちらの岸にはいないのですから、女の子としてこの世に生まれたことを一人静かに祝います。

 

                3月の予定

 

3月6日(日)14:00~16:00   <マルイ前アクション>

                    三宮マルイ前で 詩の朗読をします

 

3月11日(金)18:00~19:30  <3.11 神戸からの祈り>

                                                           三宮マルイ前広場で

                   キャンドルサービスや歌などで

                   東日本大震災の犠牲者の追悼集会をします

                    望月は、毎年拙詩『祈り』をバッハ無伴奏チェロ

                   組曲第五番 ハ短調 サラバンドにのせて朗読してい      

                   ます。

 

《 吟遊詩人社 2月の予定 》

2015年2月1日

 

 昼下がり、夙川河畔を自転車で郵便局へ。昼の明るさが増し、風がすでに肌を刺すような容赦ない冷たさでなくなっていることに気づきます。節分を過ぎたのですから暦の上では春。

 この時期、特別支援学級で毎年していた《春見つけ》という授業のことを思い出しました。花壇に水仙が咲き、チューリップの芽がほんの少しだけ地表から出ていて、わたしはその緑の角の先のような芽から視線をそらして、子どもたちが見つけてくれるのをワクワクしながら待っていました。明るく強くなった光を感じながら。

 

 2月は、望月独自の活動ではなく「お声がかかればどこにでも出かけ、望月逸子の詩と音楽のコラボレーションの世界をお届けします。」といつも謳い文句にしています「お声」が2件かかりました。有難い事です。

 

2月の予定

 

2月21日(日)  13:00開場 13:30開会

           兵庫県学校厚生会館

 3・11から5年

 《切り捨てられる福島は平和憲法の故郷だった》

  講師 坂本充考さん(東京新聞福島特別支局長)

  主催 NHK問題を考える会(兵庫)

 

*この講演の前段で望月は、拙詩『乱反射』を朗読させていただきます。

 

 今の日本国憲法は進駐軍に押し付けられたものだから、改憲しなければならないという空気を安倍政権はずっと流していますが、実は福島県南相馬の憲法学者・鈴木安蔵の草案をもとにしていたという興味深いお話のようで、楽しみにしています。良かったら是非お越しください。

 

2月22日(月) 18:00~ 東遊園地集合

         高浜原発再稼働に抗議する2・22パレード

         主催 原発なくす会・ゼロこねっと

        *このパレード前の集会で詩の朗読を依頼されています。

 

 光が強くなったとはいえ、まだまだ寒い日が続きます。皆様もどうかお元気で、お風邪などひかれませんようお気をつけください。

         

《 吟遊詩人社 1月の予定 》

 皆様 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 今日から、いつも通りの生活が始まりました。アルミの物干し竿の陽が当たって輝いている場所にエプロンを干した瞬間、なんとも云えない満たされた気分になりました。冬の日なたにいるとじんわりと喜びの感情が湧き上がります。夏場、あんなに日差しを避けていたことなどすっかり忘れて・・・。

 

 今年は、2つのことにチャレンジします。

 

 *一つは、コールサック社の10周年記念企画『10周年<詩の声・詩の力>』詩集の一冊として詩集を出させていただきます。

 詩と音楽のコラボレーションを独自で始めて今年で19年目に入りますが、今回音楽という要素を取り払い、活字だけで詩の声がどこまで届くのか・・・、始めての試みにドキドキしながら新しい気持ちで取り組んでいます。

 

 *もう一つは、詩と音楽のコラボレーションの第4オリジナルCDを、秋に出す予定です。

 

 「新しい学びの機会に出会えて幸せ!」と思える新鮮な気持ちを、これからも持ち続けたいと思います。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 1月の 望月逸子の詩と音楽のコラボレーション予定

 

1月24日(日) ばとこいあ神戸

         13:00~     神戸青年学生センターにて

 

1月31日(日) マルイ前アクション

         14:00~16:00 神戸三宮マルイ前広場にて 

 

《 吟遊詩人社 12月の予定 》

2015年12月1日

 

 師走になりますと、時の刻み方がいつもより速度を上げているように感じてしまいます。し残したことはないか等じっくり考えている暇もなく、倉敷で音楽活動をしている長男一家が我が家にやってきて、毎年賑やかに年を越します。

 

 市民楽団の生徒でヴィオラを弾いていた彼女が、退団を申し出てきた時、長男は師弟の枠を超えて引きとめ、何度も何度もめげずに求婚したことを彼らの結婚式で初めて知りました。身内の事で大変恐縮ですが、企業でバリバリ働きながら、大きな声をあげることなく二人の娘を大切に育ててくれている彼女に改めて感謝しています。今日は、彼らが結婚してちょうど10年の記念の日。その間にたくさんの喜びを我々夫婦にもたらしてくれた二人に改めて感謝しています。

 二人の結婚を祝ってできた拙詩<祝婚歌>は、わたしが創った唯一のおめでたい詩です。

 

 さて、いよいよ1年の最後の月が始まります。12月は、二つの朗読イベントに真剣に取り組みたいと思います。もしよろしかったら、どうぞお越しください。

 

12月の行事

 

6日 (日) 詩朗読きゃらばん in 大阪 14:00~ 北区紅梅町 第8梅田ビル1F BBB

                                                                                                                (スリービー)

 

13日(日) ばとこいあ神戸        13:00~  神戸青年学生センター (阪急六甲)

 

 

 

 

《 新しい挑戦 》

 音楽とコラボさせながら詩を創り、その曲にのせて詩の朗読をするというオリジナルの取り組みを始めて来年で19年目に入ります。

 毎朝雨の日も風の日も、早朝の新聞配達を終えられホッと一息入れる時に拙朗読CDを聴いてくださっていたトモさんのお母さん。寒い単身赴任先で夜ちびちびお酒を飲みながら一人聴いてくださっている某新聞社の記者さん。不眠症に悩み、朗読CDを聴きながら眠りにつくと言っていた当時少女だった人・・・。最近結婚して幸せに暮らしているようなので、CDを聴かなくても眠れるようになったかしら。

 今までたくさんの方たちに支えられ励まされて、拙詩の朗読CD作りを続けることができました。来年も、もう一枚新しく最近の作品をまとめた朗読CDを作る予定をしています。

 

 もう一つの来年に向けた企画は、新しい挑戦です。詩と音楽のコラボの試みの特殊性ばかりに心奪われていた私ですが、最近印刷された文字だけによる詩集も残しておきたいと考えるようになりました。

 朗読CDという媒体だと、ラジカセがないと再生できませんが、詩集はいつでもどこでも開こうと思えば開けるし、電気もいりません^^♪

 

 ということで、来年望月逸子の第一詩集を遅まきながら出版することになりそうです。もう少し本決まりになりましたら、具体的にお伝えいたします。どうぞお楽しみに。

<水辺の暮らし>

11月1日(日)

  職場があった尼崎から、西宮に引っ越してきてもう30年になります。転居の理由は子どもたちの喘息やアトピーというアレルギー症状をなんとか軽減したいという切実な想いからでした。次男が、もうすぐ2歳になる夏休みに引越ししたように覚えています。   

 

 夙川と香枦園浜と六甲山系に囲まれている土地に移って来て、急に劇的に子どもたちの症状が改善されることはなかったかも知れませんが、二人とも小学生になり体力がつき始めると喘息やアトピーの症状で日常的に悩まされることは無くなりました。 

 

 もう一つ海辺の暮らしに感謝していることがあります。私自身のことです。当時海側の部屋で寝ていましたので、潮騒の高まりで目覚めることもありました。そのとき突然ことばが湧きだしたのです。

 

母の胎に生れしときより一本の弦吾にあり潮騒に覚む

                                                                                                         逸子 

 

 当時は、潮の満ち干きや、月の満ち欠けにどうしようもなく影響を受けている心とからだから作品が生まれると強く思っていました。「満月の夜には、月のパワーをもらって気力も満ちて良い作品が生まれるだろう。」という希みからつけたのが望月というペンネームです。逸子は、敬愛する先輩詩人石川逸子さんから、無断で頂きました。                 


 高校時代から現代詩の世界に惹かれていましたので、学生時代は、文芸研究会に所属して『六甲文学』という文芸誌に詩を投稿していましたが、就職・結婚・二度の出産という期間は、自分のノートに作品を書くのが精一杯で、投稿する環境にはありませんでした。

 突然一度も作ったことも無い短歌の旋律にのってことばがでてきたことに驚きました。それが短歌として成立しているかどうかも分かりませんでしたが、独りになる時間をあまりもてなかった私の日々の生活を、定型詩が支えてくれるようになりました。                          

                 

<吟遊詩人社 11月の予定>

2015年11月1日 

 

 今年のカレンダーも、余すところ2枚となりました。急に朝夕の空気が冷たくなりましたが、皆様お変わりございませんか。

 これからいよいよ、香枦園の入江でユリカモメが舞うシーズンが始まります。9月下旬、すでにユリカモメの先発隊が到着していましたが、彼らは北方からの長旅の疲れを癒すために無駄な動きは一切しないで、ひたすら干潟でのんびりと羽を休めていました。気温がぐんと下がり、夕映えの美しさに凄みさえみられる頃、湾の上でユリカモメの輪舞が見られるようになります。

 一年にこの時期だけの天からの贈り物。六甲山に太陽が沈む刻の、空と湾に広がる光と色彩の大スペクタクルに心を奪われます。20年も前に作った拙歌です。

 

焚刑にあいし遠世の記憶かな湾に消えゆく六甲茜

                                逸子

 

 

11月21日(土) ひょうたんライブ 19:00~ 神戸市平野町 <いちばギャラリー侑香>

                                          

11月22日〔日) マルイ前アクション 15:00~ 三宮マルイ前で 朗読します

<明るい終活>

10月25日(日)

  昨日、次男の結婚パーティーを親兄弟だけで神戸の北野町のホテルで行いました。彼らはすでに入籍していて、もうすぐ4才になる娘も居て幸せに暮らしているのですが、結婚パーティーだけが、事情でできていませんでした。

 当時私たち夫婦は仕事で忙しくしていたので、夏休みにみんなでゆっくり旅行をして旅先のチャペルで式を挙げようということになっていました。でもその後次々に長男と次男夫婦のお目出度が分かり、子どもの命を守ることを優先させて、いつの間にか挙式のプランがたち消えになってしまっていました。

 次男の連れ合いは、とってもおおらかな人です。孫娘と次男に一心に愛情を注いで献身的に家庭を支えてくれている彼女をみていると、私の今際の床で「ウェディングドレスを着せてあげられなくてごめんね。」と言うのではあまりに可愛そうに思え、親と兄弟だけのささやかなパーティーをプレゼントする事になりました。

 あんなにニコニコと笑う花嫁を、初めてみました。牧師さんの前で次男と向き合って笑い、みんなからの花びらのシャワーを浴びて笑い・・・素直で正直な彼女の幸せそうな表情をみて、遅まきながら式を挙げて良かったと心から思えました。

 式の後のパーティーでは、長男一家がバイオリンとビオラで、『パッヘルベルのカノン』を四重奏してくれ、私は自作の詩『祝結歌』を、テレマンのビオラ協奏曲にのせて朗読しました。   

 

 思い残すことを一つひとつ片付けることが<終活>だとしたら、これも私にとっては<終活>の一つかもしれません。次の世代に命を引き継いでいくこと。

 そして戦争の心配のない平和な国を残すための様々な取り組みも、私の<終活>です。    

<年を経て失うものと得るもの>

10月7日 

 父そして母、年を経て喪う家族が増えていく。そして短期記憶を簡単に失う。それは生き物として自然なことだと思う。しかし悲観ばかりはしていない。「若いときに感じられなかったことが、確かに感じられる。」という経験が、増えつつあるように思う。

 

 「昔のことをよく口にするようになると年をとった証拠。」とマイナスイメージで云われることが多いが、幼児期にからだ全体で感じた陽の匂いや雨の日の空気の湿り具合、一人でいるときの寄る辺なさと充実感の混ぜ合わさった気分などが、ふと浮かんでくることが増えた。仕事で忙しい頃は、感覚的な記憶を甦らせる余裕もなかったのだろう。それらを言葉で表現できなかった幼い時のわたしに、詩や随筆のことばに直して今のわたしが伝えている。   

 

 「雷の子みたいだ。」と、幼児期の私は父によく云われていた。写真で見る4歳の私は、なるほど市松人形のように色白でおちょぼ口をしているわけではなく、どこか野生的で、一筋縄ではいかない雰囲気を漂わせている。意にそぐわないことがあると、眼も口も閉じて私は石になってしまったというエピソードを、しばしば両親に聞かされていた。                                     

 少女になった私は、女性観は戦前のままの父に「愛される女性になるよう努力しなければ。」と事あるごとに云われていた。「ということは・・・、今のわたしは父の思い描く娘像と違っているの?愛されていないの?」という表現の仕方を当時の私は出来なかったと思うが、父親に客観的に批評される寂しさを薄ぼんやりと感じていた。


 つい最近のことである。瞼の裏に異物が入っているようで、どうにも気持ち悪い思いをしながら、夕方の川辺を自転車で家路を急いでいた。秋風がひんやりと痛む瞼にあたった。その時なにやら冷たいものが私の瞼の裏に入ってくる感じが甦った。そして俄かに幼児体験が甦ったのだ。

 やはり4歳くらいの記憶であろう。睫などの異物が瞼の裏に入ったとき、父はわたしの瞼をひっくり返して舌の先でそれを取ってくれていたのだ。脱脂綿等で取るよりも素早く、痛みのない処置であった。

 「『雷の子みたいだ。』という独特の表現をしながら、父は彼なりの方法で次女を可愛がっていたのだろう。」と、そのとき痛む瞼を通して感じることができた。                

<消えたブログの発掘!!>

10月7日


 先日来、過去のブログが消えたことでかなりがっかりしていましたが、拙吟遊詩人社ブログをずっと読んで下さっている20代からの友人が、「ブログの一番左下にある<サイトマップ>をクリックすると過去メールが全て出てくるよ。」と教えてくれました。サイトマップのところをクリックして下にスクロールしますと、見覚えのあるブログのタイトルがずらりと並んでいました。無くした影を再び足に縫い付けてもらったようで、とても嬉しかったです。

 彼女はとっても器用な人で、編み物も料理もピアノ演奏もパソコンも、何事も極め、できる人。「簡単なことよ。」みたいなクールさでとてもかっこ良かったです。そんな友に心から感謝して安心して眠りました。

<父の最期のサイン>

10月1日(木)

 姉と父の38回目の命日を先月無事終えた。定年退職後すぐ胃癌になった父は、今の私のように第二の人生を何も経験しないまま逝ってしまった。

 62年間の父の人生で、私にも分かる確実なことは、父が母を大切にしていたことかもしれない。父は、自分が勤務する小学校の運動会で、女子青年団の一人として計算競走の種目に参加していた母に一目惚れしたようだ。走りはそんなに速くなかったのに、コースに置いてある算数の問題を誰よりも速く仕上げて1位でゴールした母が、父には<真珠のように>輝いてみえたようだ。真珠という比喩は陳腐かもしれないが、父が書き残した自伝にそう書かれていた。

 叔母の一人娘と結婚して叔母の家を継ぐという約束で福井から大阪に来て、義母の家から師範学校に通い卒業した父が、その筋書きを自分で書き換えたのだ。父の母への一途な愛に感謝しないといけない。そのお陰で私が今ここにいる。                           

 今際の床で、父は右手の指を2本立ててすぐに逝った。父の弟は「まさかVサインやないやろしな。」と呟いた。「ピースサインでもないし・・・。」わたしにも父の最期のサインの意味が理解できなかった。

 父の齢を越えて、その二本指のサインの謎が自然に溶けた。「姉妹二人仲よく、お母ちゃんを助けていってください。」と云うことだと思う。

 命日の後は、二人で会食をしながら語り合う。両親がくれた財産は、私の命と姉の命。父の二本指であるわたしたちが、仲良く支えあうことが何よりの供養なのだと思う。                                   

 

 

                                       

 

 

              <新たに出直します>

 2015年9月28日 

 

 みなさんお久しぶりです。ご無沙汰お許しくださいませ。前回ブログを更新しようと思い作業していますとき、何が起きたか自分でもわからないのですが、アクシデントで今までのブログが全て消えてしまいました。パソコンの専門家の長男の連れ合いがシルバーウィークに来たときに作業してもらいまして、ようやく新たにブログを立ち上げ直すことができました。

 退職後の心の軌跡を一瞬にして喪失してしまいましたことは、いささか痛手ではありましたが、アクシデントで自分自身を喪うことを思えば、いくらでもやり直しがきくことですので、また心新たに出直します。今まで拙ブログの読者でいてくださった皆様、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

吟遊詩人社10月の行事

 みなさま、昨日の仲秋の名月は堪能されましたでしょうか?今日はスーパームーンと呼ばれています一年で最も大きくみえる満月の夜だそうです。

 

 今朝ウォーキングをしていますと、夙川はちょうど満ち潮の戻り潮の時で、いつもよりたくさん水が溢れているように思いました。普段通ることができている川辺の小道も、水に浸されていたからです。これが満月の引力のせいなのか、時刻の違いで満ち加減が違うのか私には分かりませんが、スーパームーンの威力がそこかしこに影響していることは確かでしょう。

 アクシデントで全滅してしまったブログページを立て直す気力を、望月がスーパームーンのパワーから頂いているとしたら、なんだか楽しくて元気が出てきます。

 安保法制が強行に成立し、なにやらきな臭く落ち着かない昨今ですが、季節の光や風は決して裏切らず、今年も私たちのからだと心に届いています。確実に!

 

10月4日(日) <詩のフェスタひょうご>で朗読します。

        13時~16時

        ラッセホール(神戸市中央区)

 

10月10日(土) <輝け九条!詩人の集い>

         13時~16:30

         エルおおさか(大阪市中央区)

 

10月11日(日) <ばとこいあ神戸>で朗読します

          13時~16時

          神戸学生青年センター

 

10月18日(日) <さよなら原発 マルイ前アクション>で朗読します

                            15時~17時

          神戸三宮マルイ前広場

 

10月24日(土)  <次男 岳志&さやか 結婚式>で『祝婚歌』を朗読します

          六甲荘 (神戸市中央区北野町)

           

                                                                                                2012.1.15

 こんにちは!望月逸子です。ここ吟遊詩人社のオフィスは西宮市と芦屋市にまたがる小さな内海に面しています。冷たい六甲颪が吹く日は、波が汀に寄せて来ません。西から東へ勢いよく風に押されていきます。数百羽のカイツブリの群れは、まるでそれを待っていたように何故か全員が風が来る方向を向いて肩を寄せ合い波に乗ります。「風が強いときは、無駄な動きをせず、ただ風に向かいそこから逃げないでその場に居つづける。」自然と一体になり、明日のことは思い煩わない鳥たちは、存在するだけでいつも大きな励ましをくれています。

 先日、後方にたった一羽だけ追い風を受けて反対方向に進んでいるカイツブリを見つけました。その一羽には<はぐれ鳥>の気負いなど微塵もなく、周りもそれを許して包んでいるという緩やかな鳥のコミュニティーを感じました。このブログコーナーにも、色々な立場のご意見が寄せられると嬉しいです。

  死者を悼む声、愛する人を呼ぶ声、乳足りて瞼が重くなった赤子を寝かしつける声、声にはことばと節がついて一つの歌となり響いていたはずですが、今は音楽と詩という二つのジャンルとして大きく分岐しています。ことばを音楽の宇宙に放つとどのような命を帯びるのか。皆様の温かいご支援に感謝しつつ、これからも詩と音楽のコラボレーションの試みを続けていきたいと思います。