わたしたちはもう美しい旋律を追いかけることはできない

  6月16日(土)神戸学生センターで、<ばとこいあ神戸>という詩の朗読や弾き語りのパフォーマンスの会があった。今回初めて参加させていただいた。行ってみると所謂観客がいない、エントリーした者どうしが聴きあうという小さな集まりであった。

 わたしは「音の葉」という自作の詩を、シェーンベルクの「五つのピアノ曲・作品23・第三曲」にのせて朗読した。

 

 シェーンベルクより1年早く生まれたラフマニノフには、「ヴォカリーズ」や「ピアノ協奏曲第二番・ハ短調・作品18」という有名な叙情的な作品があり、かってわたしの詩とのコラボに使わせてもらったことがある。

 昨年の3月11日以降、音楽が耳元で響ることもからだに流れることも止まってしまったことは、先のブログで書いた。音楽と詩のコラボレーションをめざす吟遊詩人社としては、それは本当は困った事態であったのだが、なるたけ深く考えないようにしていた。

 

 気晴らしに出かけた兵庫県立美術館のカンディンスキー展で、カンディンスキーと同時代を生きた音楽家シェーンベルクのピアノ曲のギャラリーコンサートが催されていた。その頃はシェーンベルクの音楽との接点もなければ、正直のところ苦手意識もあったと思う。しかし、建屋が壊れた福島原発 の無残な姿や、荒涼とした三陸海岸の風景が写真のネガのように焼きついているわたしの心に、不思議にシェーンベルクのピアノ曲は流れこんできた。特に「五つのピアノ曲・作品23」という曲が最も自然に受け入れられた。

 

 それからの日々、グレン・グールドというピアニストが弾くシェーンベルクの曲が入ったCDをくり返し聴いていた。グレン・グールドは不思議な人である。彼がバッハの「ゴルドベルク 変奏曲」を弾くと、バッハが雲の上の大作曲家でなくなり、バッハとグールドと私が音楽を通して今を共に生きているような錯覚を楽しむことができる。

 

 そんなグールドの演奏で「五つのピアノ曲・作品23」を聴きこんでいくと、だんだんリズムや音色、間、音の流れや飛沫のようなものなどを聴き分け味わえるようになってきた。「パラッパッパ♪を聴いた後に最初のことばを入れよう。」とか、「このトリルをことばに被せて生かそう」など、工夫し始めると面白くなってくる。シェーンベルクがどんな気持ちでこの曲を作ったかはわからないが、グールドが楽しんで演奏していることだけは確かに伝わる。

 

 音楽に詩をのせる作業で、いつも不思議に感じることがある。曲が詩の方に歩み寄って来てくれる瞬間があるのだ。いつも最初は予想もしないことなのだが、詩のフレーズにぴったりの音が向こうからやって来てくれる。 「このことばを曲の3分32秒のところで言おう!」と、ぴったり合うことばのポジションが定まるときはとても嬉しいのだ。詩の原稿の上の余白にCDラジカセの時間のカウントを書き込む作業が終わって初めて朗読の練習を始める。夏場は早く明るくなり、北側のオフィスで朝練ができるので助かる。

 4分15秒の曲のなかで、音楽とことばのタイミングをからだに覚えさせるまで何度もくり返し朗読した。後期ロマン派までの曲は、旋律の聴かせどころがあるので私は声を発する存在に徹していればよかったのだが、旋律がない無調音楽の空間では、手の動きや表情、声の質の変化などを工夫する余地ができた。

 

 「音の葉」という詩は、シェーンベルクの音楽の泉から水を汲んでいるうちに、命や自然、自然のなかで機嫌よく生きる自由を脅かしている原発を推進している者たちへの怒りが噴き出したり、犠牲になった多くの人々への祈りを箱舟にのせて船出させたり・・・予定調和の起承転結のない混沌とした詩である。しかしこの詩を産み落とし、朗読パフォーマンスすることができたことで、エネルギーを頂いたように感じる。人が発する<再生可能エネルギー>だ。

   

 シェーンベルクさん、グールドさん、<ばとこいあ神戸>で真剣に聴いてくださったみなさん、それから今まで出会ったすべてのひとたち、ありがとうございます。 

 

 

 

 

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コメント: 3
  • #1

    TE-2 (火曜日, 19 6月 2012 21:11)

    私にとって、シェーンベルクといえば弦楽六重奏曲(弦楽版もあり)
    の「浄夜」です。その他の楽曲は知ろうとしていませんでした。
    五つのピアノ曲、興味があります。聴いてみようと思います。
    オススメの浄夜の音源の一部、載せておきますね♪

    http://www.youtube.com/watch?v=ZVvH5L-vid8&feature=fvwrel

  • #2

    TE-2 (火曜日, 19 6月 2012 21:14)

    上記のアドレスをコピーして検索サイトにペーストして
    見てくださいね。浄夜はシェーンベルクの代表作ですよ☆

  • #3

    望月 (火曜日, 19 6月 2012 21:42)

     ♪早速<浄夜>情報ありがとうございます。聴いてみますね。♪

    西宮図書館に「グレン・グールドといっしょにシェーンベルグを聴こう」渡仲幸利著 春秋社 がありました。やっと本番終わったので読んでみます。
     どんな人だったのか気になります。「五つのピアノ曲」はコピーしてお送りします。せっかくならグールドの演奏で聴いてほしいですから。ではまた。